陽だまり
鍵は予め大石から預かっている。彼が残っているわけはない。遅くなるからと断って、先に帰ってもらったのだから。 訝しみながらドアを開けると、ロッカーに背を凭れて立っている長身の男が、手塚を見て笑顔を向けてきた。 「お疲れ、手塚。遅かったね」 「………乾」 彼の名を呟いたきり、手塚はしばらく黙り込んで、彼の、その奥の瞳が見えないほど厚い眼鏡を見つめた。 ふっと息を吐くと、自分のロッカーを開けて着替えを始める。 こんな時間まで何をしていたのか、とか、何か用なのか、とか――――そんな質問は無意味だ。手塚には、乾がここにいる理由が判っているのだから。 ジャージの上を脱いでたたみ、その下のポロシャツに手を掛けたところで、手塚は動きを止めた。 「乾。着替えられないだろう」 背後からふわりと抱き締められていた。さほどの力は込められていないけれど、それは手塚の動きを妨げるには充分なもので。 少し冷たいその髪に顔を埋めた乾は、耳元にくちづけるようにして囁きかけた。 「冷たいな。……レギュラーに返り咲いた俺に、ご褒美はないの?」 「落ちたお前が悪いんだろう」 微かに肩を震わせながらも、素っ気なく応える。ひどいな、と笑う吐息が耳朶を擽り、頬を染めた手塚は咎めるように乾の名を呼んだ。 「ねえ、手塚。どうして、俺をお前と同じブロックに組んだの?」 構わず、首筋にキスを落としながら乾が問い掛ける。振り解こうにも、両腕ごと抱き締められていては適わない。 手塚は諦めて身体の力を抜き、背後にある乾の胸に身を預けた。 「……お前が本当にちゃんと強くなったか、自分の目で確かめたかったんだ……」 「お前にはまた負けちゃったけどね。それで、どうだった? 俺は合格したのかな?」 白く滑らかな項を、降りかかる髪ごと柔らかく食む。前に回した手のひらでシャツ越しに胸元を撫で上げると、手塚がビクンと大きく震えた。 「乾……!」 こんな所で、と非難する口調で名を呼べば、項に唇を押し付けたままで乾が熱っぽく囁いた。 「お前とこうして二人きりになるの、久しぶりだって気付いてた?」 正確には、1ヵ月と25日ぶり。 前回のランキング戦で乾がレギュラー落ちしてから、二人きりで会うことはおろか、会話でさえも部活絡みのものしか交わしていなかったのだ。 お互いにそうと意識したのではない。単純に二人とも『それどころではなかった』のである。 乾の方のそれは、レギュラー復帰という結果が出ている。直接対戦した手塚にも、そのことがよく判った。 今、こうして抱かれていると、尚更。 「……ずっと触れたかった。もう待てないよ」 言い終えるや、更に明確な意図を持って手のひらが蠢き始める。 ギョッとした手塚は、逃れようと焦って身を捩るが、二ヵ月前以上に体格に差ができてしまっていて、あっさりと抵抗を抑え込まれてしまう。 シャツの裾から差し入れられた手が直接肌に触れ、その感触から逃れたくて、手塚は目の前のロッカーに手を突いた。 「乾っ……止せっ、今はそんな場合じゃないだろう……!」 咎める声が微かに上擦り、掠れる。 手塚の言わんとすることが、目前に迫った関東大会だけを指しているのではないことを、乾は正確に理解していた。 「桃が心配?」 「あ……たり、前だ……ッ!」 手塚、乾と同じブロックに配された二年の桃城は、二敗でレギュラー落ちが決まった日から、もう二日間部活動を無断欠席している。 そんなに弱い奴ではないと、必ず戻ってくると信じてはいても、彼が受けただろうショックを思えば気にならないわけがない。いずれはそのショックからも立ち直り、更に強くなるだろうことは判っていても。 「俺の時にはそんなに心配してくれなかったじゃない? ……何か、妬けるね」 冗談めかした口調を、眼鏡の奥の眼差しが裏切っていた。見えなくともそれを感じ取った手塚が、ビクッと身を竦ませる。 胸を這っていた手が、指先で先端の飾りを摘み上げた。 「………嫌……!」 「駄目」 乱暴な扱いに手塚が思わず上げた悲鳴を、乾は短く突き放した。 空いている方の手が滑り降りていき、ジャージの上から手塚の自身をやんわりと包み込む。反応して僅かに硬度を増したそれに、乾が小さく笑い、手塚は羞恥のあまりきつく瞑った目尻に涙を滲ませた。 ロッカーに突いていた指先が表面を引っ掻き、嫌な音を立てる。が、お互い、その音に気を取られている余裕などなかった。 ぐい、と腰を押し付けられ、乾のそれもまた硬くなっていることを知らされ、手塚は焦った。 こんな、部室で――誰もいないとは言え――まさか、本当に。 「や、め……ッ嫌だ、乾っ! こんなところで何を……ッ」 無駄と知りつつもがきながら発した拒絶の言葉は、中途で息を飲む音と共に途切れた。 ジャージを下着ごとずらされ、露わになった下肢の中心へ、直に乾の指が絡みつく。すぐにそれは、手塚を追い上げる性急な動きに変わった。 「っひゃ、あッ……やぁ……」 「手塚は嘘吐きだからな。こんなにしてるくせに、『嫌だ』なんて平気で言えるんだから」 「い、ぬい……ホントにっや……やめて……っ」 このままでは床を汚してしまう。泣き声になりながら限界の近いことを乾に訴えた。だが、乾は一向に行為を止めてくれようとはしない。 先走りの液が乾の手を濡らし、動くたびにいやらしい水音を立てる。手塚は恥ずかしさに耐え切れず、本気で泣き出した。 さすがに驚いたのか、乾は手塚を拘束していた腕を解いた。 ホッとしている手塚の身体を反転させた乾はしかし、その場に跪いて、解放を望みビクビクと震えている手塚自身を口内へ咥え込んだ。 「乾……っ!」 慌てて引き剥がそうとしたが、既に遅く。 最後の瞬間は、呆気なく訪れた。 達した直後の脱力感と奇妙な安堵に長い息を吐いた手塚は、萎えた自身にまだ舌を這わせている乾の頭を、力の入らない拳で殴りつけた。 飲み干しただけでは足りず残滓まで綺麗に舐め取り、ようやく気が済んだのか、乾は手塚の下着とズボンを元通り穿かせてやった。ゆっくりとした動作で立ち上がり、今度は正面から手塚を抱き締める。 その腕の優しさと温かさに、手塚は抵抗を忘れた。抱き締め返せる体勢での抱擁に、安心感を覚える。 時折、手塚には理解できないことで暴走することもあるけれど、基本的に乾は優しい男なのだ。 「………ごめんね。変なヤキモチ妬いて」 謝られ、僅かながらに残っていた怒りも消え失せる。代わりに、自分の方は欲望を吐き出したが乾はまだだということを思い出し、躊躇いがちに訊ねる。 「お前……は……?」 「このくらいなら何とか平気。家まで保つよ」 どこか嬉しそうに笑う乾の言葉の意味を悟り、手塚は真っ赤になった。 「……泊まっていって、くれるでしょ?」
「ねぇ手塚?」 「………何だ」 「桃は、大丈夫だよ」 「判ってる……そんなこと」 もう、黙れ。 手塚はそう囁いて、乾に自分からくちづけていった。
…いえ、そのですね。 |