イヌモクワナイxx




「さーんぞっ♥」
 例によって背後から腕を回してくる、命知らず。
 これが、バカ猿やエロ河童なら振り解き様に張り倒してやるのだが。
 そうはできない相手であるのが、なお始末に悪い。
 三蔵は溜め息さえつけず、疲れたように肩を落とした。
「……毎度毎度後ろから近づいてくんじゃねぇよ。八戒」
「だって、正面から近づいたら、逃げられちゃうじゃないですか♥」
 逃げたくなるようなことを懲りもせず仕掛けてくるテメーに非はねぇのか?
 悪びれもせず答える八戒に、もはやそんな反論の言葉も出せない。
 どうせ言ったところで、八戒の口に勝てるわけもないのだ。
 無駄なことはしないのが、三蔵の主義だった。
「好きですよ、三蔵」
 ―――これもまた、いつもの繰り返し。
 三蔵が返事をしなくても、最近は以前ほど気にしていないようなので、それは面倒がなくなって良いことだと思う。
 ただ、その分図々しくなった気も、するのだが。
「一度くらい、貴方からのコトバも聞いてみたいんですケド」
 無視して新聞を読み続けている三蔵の耳元へ唇を寄せて、楽しそうに八戒が言う。
 反射的に払い除けようとした手を、逆に捕まれて。
「ねーぇ、三蔵……」
 甘えた声音で呼びかけられ、嫌な予感がして八戒から少しでも身を引こうとしたが。
 その前に、しっかりと抱きすくめられてしまった。
 引き寄せたついでに耳の下にキスを落とし、八戒は笑った。
「良いでしょ、一回くらい言ってみて下さいよ」
「……誰がっ」
「たった二文字で良いんですからー」
「ざけんな、離せッ」
 いつになく執拗な八戒の『おねだり』に、三蔵は真っ赤になって抗う。
 もう、腹を立てているのか、単に恥ずかしいだけなのか、自分でも判っていない。
「じゃあ、言わなくて良いんで、頷いて下さい。僕のこと好きですか?」
「……っ!」
 急に作戦を変更した八戒に、思わず唇を噛む。これに頷いたら、言ったも同然である。
「三蔵ってば」
 いつもならとっくに折れている筈の八戒だが、どういう訳か今日はまったくそんな素振りもない。
 三蔵のほうも意地になって、徹底的に無視を決め込む。
 傍から見たらバカバカしいことこの上ない駆け引き。
 それでも無理矢理腕を振り解かないことが、何より三蔵の気持ちを表しているのだが。
 らしくなく、八戒もムキになっているようだ。
 しかしそのうち、元々短気な三蔵は面倒臭くなってきた。
 更に言い募ろうとしている八戒を振り返り、開きかけの唇を塞いだ。
「……!?」
 いきなり口付けられた八戒は、目を見開いて硬直する。
 次いで真っ赤になってしまった八戒を見て、三蔵は満足げに唇の端を上げた。
 自分から仕掛けるのはまったく平気なくせに、三蔵から行動を起こすと面白いくらいにうろたえるのだ、コイツは。
「――狡いですよ、三蔵」
「いーから黙って、誤魔化されてろ」
 拗ねたようにいう八戒の首に腕を絡ませて引き寄せ、薄く笑みを浮かべて見せる。
 まさに、悪魔の微笑み。
 良いように扱われていると判っていて、それでもキレイだ――と思ってしまうのだから。
「敵いませんよ、貴方には」
 八戒は仕方なく苦笑を返し、誘われるまま唇を重ねていった。



「……ね、三蔵」
「……何だ」
 珍しくも大人しく腕に抱かれたまま、眠たげな声が応える。
 抱き締める力を少しだけ強めて、八戒が囁く。
「でも、いつか。絶対言ってもらいますから……ね」
 伏せられた瞼にキスをして。
 うるさそうに顔を逸らされ、露わになった白い首筋にも唇で触れる。
「おい……、いい加減にしろ」
 不機嫌な声で咎められても、八戒は悪戯を止めない。
 再びのしかかってくる身体を押し返そうとした手首を掴んで開かせ、先程付けられたばかりの跡を、ゆっくりと辿っていく。
「自分だけのものだ」なんて、決して言うつもりはないけれど。
 言葉は貰えなくても、自分が彼の中で『特別な位置』にいるのだ、ということを。
 こうして抱き締めている時には、少しくらいは自惚れても良いのではないか――と思うのだ。
 やがて三蔵が抵抗を諦め、身体から力が抜かれる。
「三蔵」
 閉ざされた瞳の色を見たくて、名を呼べば。
 応えるように開かれた紫暗が、確かに告げている。


 一生かけてでも言わせたい、そのコトバを。



 ――――――いつか。






これの前、二回ほど続けてビターだったので、
反動で(?)甘甘(笑)
恥ずかしいし、照れてヒーヒー喚いて書いてるんですけど、
こーゆーのが私らしい…らしい(死)






モドル