意味のある言葉
練習後の部室で、手塚は乾にそう声を掛けられた。その手には、いつものようにデータノート。部活のことで話でもあるのだろうと考え、手塚は「別に予定はない」と答えた。 「そう、良かった。……俺の家、来てくれると助かるんだけど」 「ああ、判った」 「ありがとう。じゃあ、外で待ってるよ」 乾はノートを持つ手と逆の肩にラケットバッグを担ぎ上げ、部室を出て行った。 まだ室内には、半数ほど部員が残っている。グラウンド整備を終えた一年生たちも戻ってきて、狭いことこの上ない。その辺りのことを考慮して、乾は外で待つと言ったのだろう。 手塚はテーブルの上に部誌を広げ、手早く記入し始めた。他人を待たせるのは好きじゃない。それに、既にもう時間もかなり遅い。これから乾の家に向かうのなら、早くしなければならない。 それでもきっちりと書き上げると、まだ残っている一部の者たちに早めに帰るよう注意し、部室を後にした。 乾は門の前で待っていた。駆け寄る手塚に、「早かったな」と笑う。 「じゃあ、行こうか」 「ああ」 促され、手塚は頷いて乾に続く。 歩いている間も、バスの中でも、二人の間に会話はなかった。元々、どちらもあまり喋る方ではないのだ。 今日は親いないから、ご飯食べてってよ。 そう言われて、手塚は乾の家に着くとまず電話を借り、自宅の母に連絡した。おっとりとした母は、友人宅で食事をご馳走になると告げると、まぁまぁ、と少しだけ驚いた後、気をつけて帰ってらっしゃいと応えた。 「実は今朝、母にお前が来るって言ってしまっていたんだ。そうすればお前の分も夕食の用意をするだろうと思ったから―――断られなくて良かったよ」 飲み物の用意をする乾を何となく待って、ふとキッチンを覗くとダイニングテーブルに夕食と、小さな箱が置いてあった。 「………乾。これは何だ?」 不思議に思って訊ねると、お茶を淹れる手を止めて乾が振り返る。 「ああ。……多分ケーキだよ。今日は俺の誕生日だから」 手塚がビックリして乾の顔を見ると、乾は「知らなかっただろ?」と何故か可笑しそうに笑った。 お祭り好きの菊丸たちが騒いでいなかったところを見ると、彼らも知らないらしい。他人のことはあらゆるデータを調べ尽くしているくせに、自分のことは一切明かしていないなんて。 何となくムッとして、手塚は乾を睨んだ。 乾は困ったように頭を掻き、 「いや、別に考えがあって内緒にしてたワケじゃあないよ。単にそういう話にならなかっただけで」 カップを乗せた盆をテーブルに置いて、問題のその白い箱を開けた。 中には、ショートケーキが二個。 「お前の分もあるぞ、手塚」 甘いもの、食べられるよな? ―――そう訊かれ、頷こうとした手塚は、そこでハッと我に返った。 「乾、話とは何だ?」 そう、自分は夕食をご馳走になりに来たのでも、ましてやケーキを食べに来たのでもない。早く用事を済ませて帰らねば。 ところが、乾がそれにキョトンとした表情で「え、話って?」などと訊き返してきたのだ。 「俺、話があるなんて言ったっけ?」 「な……っ」 あまりのことに、手塚は絶句した。 しかし思い返してみれば確かに、乾は「この後空いているか」と訊いたのであって、「話がある」などとは一言も言っていない。ただ手塚が勝手にそう捕らえただけだ。 だが、じゃあ一体何の用だというのか。 手塚の疑問をその表情から読み取り、乾はケーキを取り出しながら、 「うん、だからね。……今日は俺の誕生日だから、手塚と一緒にいたかったんだよ」 「…………意味が判らない」 「そう? じゃあもっとはっきり、判り易く言おうか」 眉を寄せ怪訝な表情の手塚に笑って、乾は応えた。 「手塚のこと好きだから、一緒にケーキ食べてお祝いして欲しかったんだ」 手塚は思いもかけなかった乾の言葉に、目を見開いた。 今、何を言ったのかこの男は。 いまいち理解しきれていない様子の手塚の手を、乾はそっと掴んで己の胸元まで引き寄せる。 「好きだよ、手塚」 もう一度はっきりとそう告げてやると、手塚は見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げた。 「……っい、ぬい……っ?」 「好き」 繰り返され、手塚はもうどうしたら良いか判らない。 思ってもみなかったこと、なのに嫌だとかは思わなかった。ただ、どう応えていいのか判らないことが困るだけで。 乾は柔らかく微笑むと、「今はまだ返事は良いよ」と言った。でも、一緒にケーキ、食べてくれる? そう強請られては断れず、仕方なく頷く手塚に、乾は満足そうな笑みを浮かべた。 「ねぇ、でも俺、『YES』以外聞く気ないから」 「………!!」 手塚が乾の望む答えを出すのは、もう少し先の話。
乾さーんっはぴばすでーい♪ |