HAPPY DAY! |
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そのうち会えるだろう、なんて思っていた自分は甘かった。 越前リョーマはつくづくとそう思いながら、廊下を走っていた。"あの人"がこんなとこ見たら怒るだろうな、なんてことを考えつつ。 そこへ、声をかけてくる者がいた。 「あれ、越前くん」 「あっホントだおチビだ! にゃ〜にやってんのこんなとこで?」 あまり振り向きたくはなかったが、そういう訳にもいかない。仕方なく、リョーマは足を止めた。 移動教室からの帰りだろうか、教科書と筆記具を抱えた不二と菊丸が並んで立っている。 内心を一切窺わせない掴み所のない笑顔の不二と、少々遠慮がなさ過ぎのきらいのある菊丸。リョーマは実は、この二人の先輩コンビが苦手だった。これに、乾が加われば最悪のトリオとなる。 しかし引き止められてしまった以上、相手は仮にも先輩。無視して行ってしまう訳にはいかない。 どうせならついでに訊いてしまおう、とリョーマは二人に向き直った。 「先輩たち、手塚部長見ませんでした?」 「手塚ぁ?」 菊丸が頓狂な声を上げ、少し驚いたように目を瞠った不二と顔を見合わせる。 「…………何っスか」 その反応に憮然として問えば、菊丸は困ったように頭を掻き、不二は曖昧に微笑んだ。 「や、だってさ……桃ならともかく、手塚って……」 ねぇ?と相槌を求められた不二も頷いて、 「気を悪くしないでね。キミが、わざわざ三年の教室まで探しに来るほど手塚と親しかったなんて、思わなかったからさ」 「そーだよ、部活やってた時だってロクに話してなかったしさ!」 「………別に、親しくなくたって用があることだってあるっスよ……」 しまった、と思ったことを表に出さないようにしつつ、リョーマは言い訳めいた答えを返す。 そうなのだ。 既に引退してしまっている三年生を、それが元部長だからと言って、特に役職に就いていない一年生のリョーマが探さねばならない理由など、普通に考えればないのだ。 「知らないならいいっス。じゃ」 ここはとっとと退散するに限る、とばかり、リョーマは二人に背を向けた。 「手塚だったら、教室にいなければ生徒会室だと思うよ!」 引き継ぎがまだ終ってないみたいだから、と、その後ろ姿に不二が声をかけてくる。 リョーマは振り返り、頭だけを軽く下げて見せると、生徒会室へ向かって再び走り出した。 だって、あと五日なんだよ? 今日捕まえなきゃ、休みが始まっちゃう。 あの人のことだから、きっと忘れてる。今日になってもあの人から連絡をくれなかったのが、その証拠だ。 恋人の誕生日だっていうのに。 俺は、ちゃんと覚えていたのに。 ――――――まぁ、それがあの人だから、しょうがないけどさ……。 生徒会室の前まで来て、リョーマはふと困ったことに気付いた。 それこそ、何の役職も持たない一年生が、何を理由にこの部屋を訪れたことにすればいいのだろう。手塚が応えてくれればいいのだが、他の人だった場合、取り次いでもらう言い訳が思い浮かばない。 単に「手塚先輩に用がある」とでも言えばいいのだろうが、先に不二たちに不審がられた後なので、余計なことまで考えてしまう。 ノックしようとしていた手を止めて考え込んでいると、不意にドアが開いた――――――外側に。 ゴツ、と鈍い音がして、リョーマは声もなくその場に蹲ってしまった。 ドアノブを掴んだまま、加害者である手塚が珍しくも驚きも露わに目を見開いている。 「越前……こんなところで何をしてる?」 「それより、『大丈夫か』って訊いてくれません……?」 思い切りぶつけた額を押さえつつ立ち上がったリョーマは、出会った当初よりは近づいたけれどまだかなり高い位置にある表情を、恨めしげに見上げた。 すまん、と謝られて溜め息が漏れる。 「………ちょっと時間、空けてほしいんスけど」 それでも何とか気を取り直したリョーマの言葉に、戸惑いながらも頷いてくれる手塚の腕を取った。 向かった先は、屋上。 ちょっと寒いけど、そんなに時間かかんないから。そう言ったリョーマに、手塚は黙ってついて来てくれた。 「24日。何の日か判ります?」 まわりくどく言っても通じないだろうとストレートに問えば、 「お前の誕生日だろう」 意外にもストレートな答えが返ってきた。 思ってもいなかった答えに、リョーマは一瞬呆気に取られた。 覚えていてくれたのだ、という喜びが、ゆっくりと身体中に広がっていく。それだけで十分満足している自分に、少しだけ呆れる気持ちもあったけれど。 しかし手塚は、更にリョーマを喜ばせるようなことを言うのだ。 「今日辺り、お前の方から何か言ってくるだろうと思っていた。……思った通りだったな」 心なしか、その表情に笑みのようなものが浮かんでいるように見えるのは、リョーマの都合のいい錯覚だろうか。 思いがけないフライングのプレゼントを貰ってしまったリョーマは、真っ赤になった顔を見られないように俯いた。背が低くて良かったと思うことなんて、こんな時くらいのものだ。 「…………じゃあ。その日は、クリスマス・イブじゃなく……俺を祝ってくれる?」 できれば、朝まで。 つい本音まで零してしまった後、手塚の返事がないのに不安になって顔をそっと上げれば。 自分以上に真っ赤になった手塚が、目が合った途端恥ずかしそうに小さく頷いた。 ――――――アンタ、俺を殺す気!? そのあまりの可愛さに、一気に速度を増した鼓動を抑えながら、リョーマは心の中で思わずそう喚いていた。 何はともあれ。 今年のバースデーは、きっとこれまでの短い人生の中でも飛び切りの、最高の日になることは間違いなかった。
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