花丸記念日


 

「イールカせーんせっ♥ 明日何の日か判りますー?」
 いきなり背後に生えた上忍に抱きつかれても、もはやイルカは驚いたりしなかった。代わりに溜め息をひとつ吐いて、
「カカシ先生。窓から入るのは、もう良いです。せめて履物脱いで来て下さい」
「もーっ、そんなのどーでも良いじゃないですか! それより明日です、明日ッ」
「………あーそう言えば、明日は敬老の日ですねェ。三代目のお墓にお供えしようかなぁ」
「イルカせんせ――――っっ!!」
 全く言うことを聞こうとしないカカシにムカついたイルカは、あさってな方を見ながらお花と、おまんじゅうと、と指を折る。一転、情けない声を上げてしがみついてくる上忍がゴメンナサイを言うと、イルカははいはいと彼のふさふさの銀髪を撫でてやった。
「明日はアナタの誕生日、ですよね」
 すると上忍はパッと顔を輝かせて、
「イルカ先生、やっぱり覚えててくれたんですね!!」
 イルカは乾いた笑いを漏らして壁を見遣った。そこには、素晴らしく自己主張の激しいカレンダーが掛かっている。イルカが書き込んだ日程のメモを覆い隠さんばかりの勢いで描かれた、巨大な赤い花丸。
 これは三ヶ月以上前、半ば一方的に結ばれたばかりだった頃、同じように押しかけてきて物珍しげにカレンダーを捲っていたカカシが勝手に描いたものだ。十月に描かれていた花丸を真似たのである。因みにその十月の花丸は、ナルトが以前来た時に自分の誕生日のところへ描き込んでいったのだが。
 イルカのものにも描こうと思ったらしいが、生憎六月に入っていたので五月のカレンダーは既に破られていたのだった。残念そうにしているカカシは、悪戯書きを注意された子供のようで。
『ねえ、忘れないで下さいね。この日は一日俺といて。一緒にケーキ食べましょう』
 甘いもの苦手なくせに、と言うと、カカシは良いんです誕生日は真っ白なケーキなんです、と力説した。おまけに、イチゴたくさん乗せて下さいね、などと当然のようにリクエストまで寄越す。頭からイルカに作らせるつもりらしい。
 まぁ良いですけど…と、多少納得のいかないものを感じつつも仕方なくイルカは頷いたのだった。
 実は九月に入るまではコロッと忘れていたのだが、八月のカレンダーを捲った途端花丸が目に飛び込んできて、否応なしに思い出させられてしまった。
 幸いその日は祝日で、アカデミーも休みだ。そうでなかったとしても、無理矢理休まされただろうが。
 そのことを思えば「この日に生まれてきてくれてありがとう!」とカカシに感謝したい。いや、感謝すべきはこの場合神様か、彼の両親にか。
 とにかく、無頓着なイルカと違い、意外にロマンチストなところのあるカカシのことだ、前日から訪ねて来るだろうことは簡単に予想できた。
 そして、その後考えてることも……。

「言っときますけど。今日はさっさと勝手に寝て下さいよ」
「えー!? 何でですかっ、えっちしないの!?」
「しません。アンタが言ったんですよ、ケーキ食べたいって。明日作ったんじゃ遅いでしょうよ」
 不満気な声を上げるカカシにやっぱりな…と思いつつ、イルカはキッパリと言い切った。最初のひとことにしゅんとしたカカシだったが、続く言葉に現金にも再びぱぁっと顔を輝かせた。本当に子供みたいなひとだ。
「イチゴ、イチゴ乗せて下さいね! 白いクリームので、」
「あんまり期待しないで下さいよ。俺菓子作りなんてしたことないんですから」
 ウキウキとした様子のカカシに、慌ててイルカが念を押す。食事ならば一通りは人並み程度には作れる自信があるが、お菓子となると話は別だ。ホットケーキくらいなら何とかなるかもしれないが。
 実は台所の隅には、多めに買った材料と『簡単お菓子作り』なる本が用意してあったりする。
 異様に嬉しそうなカカシが過剰な期待をしているのではないかと思ったイルカだったが、カカシはニコニコしながら首を振った。
「いいんです。イルカ先生が作ってくれるんなら、焦げてよーが固かろーが、ペチャンコだろーが」
「……や、ヒトに食わせる以上、見た目くらい何とかしますがね……」
 あまりにもあまりな言われ様に、イルカは引き攣った。店に並ぶようなのは到底作れないのだと言いたかっただけなのに。
 期待されすぎても困るが、だからといって全く期待されていないと言い切られるのは果たして如何なものだろうか。
「イルカ先生、ホント無理しないで良いですからね? 食べられれば良いんですから」
 いそいそと寝支度を済ませ寝室へ向かいながらカカシがそう声をかけてくるのを聞いて。
 意地でも、徹夜してでもちゃんとしたケーキを作ってやろうとイルカは燃えた。

 

 そうしてできたケーキは、多少クリームが柔らかかったり微妙に形が歪だったりしたけれど充分に見られる代物で。
「うわあ、イルカ先生すごいです、めちゃめちゃ美味しいですよ!」
「それは良かった」
 甘さ控えめのそれを美味そうに頬張る上忍の姿に、イルカは満足して笑った、が。
 そこまでは良かったのだが、食べ終わるなり昨夜お預けを食らった上忍に朝っぱらから押し倒され、近所迷惑この上ない絶叫を放つことになってしまった。
「ちょ、ちょっと勘弁して下さい、俺徹夜明けなんですよ! 寝かせて下さいっっ」
「イルカ先生、オメデトウって言ってくれないの? まだ聞いてないですよ、俺」
「………あー、もうっ……」
 ねえねえ、と甘えて頬をすり寄せてくるカカシに、イルカは諦めたように溜め息をひとつ。
 頭を持ち上げてカカシの耳元へ唇を寄せ、囁いてやった。

「お誕生日おめでとうございます、カカシ先生」

 カカシは幸せそうに微笑い、ありがとうございますと言ってイルカをぎゅうと抱き締めキスをした。

 

 そして結局。
 カカシの当初の目論見どおり、イルカはその日、一日中解放してもらえなかったのだった………。

 

 

――――――end★

 



ほのぼのっていうかギャグです。
最初はイルカ先生の生誕祝の、
「わなにはまる」の続きにしようと書き始めたんですが、
…何かどっか途中から間違ったようです。
何はともあれ、はぴばすでー★カカシ先生!!
てか、朝からケーキ食ったのかよ…(苦笑)
'03.09.15up


 

 

※ウィンドウを閉じてお戻りください。※