逆 転
〜Ver.SZ〜
一体こいつは、俺を何だと思っているのだろう。
深夜のキッチンで、ゾロはボトルを手に横目で活き活きと翌朝の仕込をしているサンジを眺めていた。
料理と女をこよなく愛する料理人の、そんな姿を見るのは、嫌いではない。普段のガラの悪さが鳴りを潜めて、ひどく楽しそうだからだ。
気づかれていないだろうと思っていたのに、サンジは何かの動作のついでのように振り返り、それで今日は最後だぞ、と言った。
空いたボトルをテーブルに転がして立ち上がり、もう一本をラックから取り出そうとしていたゾロは、急に声を掛けられ驚いた自身に舌打ちして、強引にサンジから視線を外した。
嫌な男だ、と思う。
てめェの考えなどお見通しだと、曝された右目が言っている。深い深い海の底のような色の瞳が、微かに笑みを浮かべて。
女に対してはいつも過剰なまでに気遣っていることを知っていた。大袈裟な身振り手振りで些細なことも褒め称え、先へまわって望みを叶える。
仲間になったばかりの頃は、女にヘラヘラしてばかりで、軽薄でいい加減な奴だとしか思っていなかったその男が、実は気付かぬところで男連中のこともきちんと見ているのだと知ったのは、いつだったか。
さり気なく世話を焼いてくる男を、便利で都合がいいと、そんなふうにさえ思ったのに。
ひと段落ついたのか、エプロンを外しながら再びこちらを向いたサンジは、ゾロの前に置かれていた空の小皿を片づけ、代わりの小鉢を置いた。
――いや、確かにつまみのおかわりが欲しいとは思っていたのだが、そうではなくて。
何でそれが判って、肝心なことは判らねェんだっ!
どうぞ、とわざとらしい礼付きで差し出されたそれを手に取り、箸で掻き込むように半分ほど一気に口に入れる。タコを酢で和えた簡単な肴を、口いっぱいに頬張ると、乱暴に咀嚼して飲み込んだ。きつい酢が喉に絡んで噎せそうになったが、何とか堪えた。
驚いたように目を瞠り自分を見ているサンジに、どうしようもなく苛立つ。
「っ、てめェはっ………」
「……ゾロ?」
問うような呼びかけに、唇を噛む。言いたくない。けれど、悔しいけれどゾロももう限界だった。
サンジに初めて抱かれてから、もう二ヶ月以上が経っていた。
その間、サンジはキスさえ仕掛けてこようとしなかった。
「………てめェ、俺を何だと思ってる」
「? てめェはてめェだろ。……おいクソ剣士、大丈夫か?」
意味を把握し切れていないらしい、サンジは首を傾げながらやや心配そうに答える。ゾロはサンジの胸倉を掴んで引き寄せると、触れるぎりぎりまで顔を近づけ、間近から睨みつけた。
「―――俺は、ただの”雄”だ」
そのまま、息を呑んだサンジの唇へ噛み付くようにくちづけた。
ただの、雄。
それを自覚させたのは、他ならぬサンジだった。
これまでずっと、ゾロは自分にそんな部分があることを知らないままで生きてきた。そんな余裕もなかった。
海に出てからはそれこそ、鷹の目を探す、そのことばかりで。ある程度名を知られるようになってからは、挑んだり、挑まれたり。とにかく剣のことで頭がいっぱいで、他は何ひとつとして入り込む余地はなかったのだ。
卑怯な手で陥れられ、捌け口にされそうになったことは幾度かあった。けれどそんな小物に遅れをとるゾロではなく、すべて難なく切り捨ててきた。
ろくに興味も知識もなかったゾロを、サンジは包み込み、女に対するときとは違う、ひどく真摯な態度で愛していると囁きかけた。
こんなふうになったのは、お前に抱かれたからなのに。
「……やめろ」
ゆっくりと手を解かれる。困ったような表情でゾロを見つめ返して。
拒絶。
一度手に入れてしまえば、最早どうでも良いと言うのだろうか。抱いてみて、こんなはずではなかったと後悔でもしたのだろうか。この程度だったのかと失望して、軽蔑して。
いっそそれならばゾロのほうだとてキッパリと振り切れるのに。
サンジの眼差しは変わらず熱を持ち、ゾロを愛していると告げていた。
納得できるはずがない。
ゾロは衝動のまま、サンジを床に押し倒した。
「ゾロっ……」
押し殺した悲鳴のような声。何でそこまで嫌がるのだ、とゾロがいい加減キレかけた時。
「ダメだ止せ、てめェはこんなことすんじゃねェ。汚れちまうだろうがっ!」
「はァ?」
思いがけない言葉を聞かされ、ゾロは知らず、呆けたような声を上げた。
汚れる。誰が?
「………てめェに触れると、俺はわけが判らなくなる。てめェが嫌がろうが止められねェ、全部奪って貪りつくしたくなる。壊れるまで欲しちまう。だからてめェは俺みてェなのにかまけてなくていいんだ。てめェの野望だけで―――」
頬を染め、気まずそうに顔を背けているサンジを、思わずまじまじと眺めてしまう。
しばらくの間の後、我に返ったゾロは、今度こそ本気でブチ切れた。
「っふざけんなっ! 女子供じゃあるまいし、誰がンな簡単に壊れるってんだっ!!」
怒りに任せて怒鳴りつけると、サンジのシャツを掴んで一気に引き裂いた。
「ゾ、ゾロっ!?」
「――てことは、前ン時は手加減してやがったってコトか。随分ナメられたもんだな、俺も」
うろたえるサンジを見下ろし、ゾロは皮肉げに唇の端を吊り上げる。散々自分を翻弄しておいて、相手は本気ではなかったなんて、これほど屈辱的なことがあるだろうか。
「ひとりで余裕かましてんじゃねェよ。俺が欲しいなら本気で求めてこいっつってんだ」
ゾロはサンジの肩口に顔を伏せ、そのままきつく歯を立てた。血が滲む程に噛みついてやっても、まだ足りない気がする。このまま、食い千切ってやろうか。
腹立ち紛れにそんなことを思っていると、噛まれた衝撃に身体を震わせたサンジが、唐突にゾロの肩を掴み身動ぎも許さぬというほどにきつく抱き竦めてきた。
あっと言う間に逆転する、ふたりの位置。
「俺は、……てめェが少しでも嫌だと思うなら、二度とてめェを抱かねェ。触れたりもしねェ」
どうする? と、どこか思い詰めたような表情で問われ、ゾロは目を細めてそんなサンジを嘲笑った。
「――――てめェ、何聞いてやがった?」
脇に突かれた両腕に囲まれた状態で、ゾロは腕を延ばしてサンジの首にまわし、引き寄せた。
「俺はただの”雄”だ。いいから、とっとと来い。臆病モンが」
『てめェを愛してるんだ』
だったら、他には何も考えなくていい。
抱いてくれだなんて、ンなみっともねェこと俺から言わせんじゃねェよ、バーカ。
――――END
うちのサイトを隅々まで見てるという奇特な方と、
最遊記も好きだという方は、気づいたでしょう。
八三で書いた同タイトルのSSの、サンゾロバージョンです。
三蔵様のセリフが、ほぼそのままゾロたんのセリフとして使えたので…
もちろん色々いじって変えてますが、流れはそのままです。
さすが自分でハマるだけあって、似たタイプのCPが多いので、
こういうふうにセルフパロ(?)をやってみたかった。
私的には楽しかったけど、ある意味卑怯技な更新ですみません…(汗)
'08.11.17up
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