花売り
〜9〜



 熱い唇と繊細な指先が、肌の上を這いまわる。
 これは仕事のはずなのに、サンジに触れられるとゾロはいつも訳が判らなくなって、ただ喘がされるままになってしまう。
「……ん、もぉ……っ」
 そればかりか、ねだる言葉さえ口を突く。
 サンジは焦らすのが好きであるらしく、いつだってゾロが泣いて欲しがるまで与えてくれない。そしてそうやって限界まで焦らされてようやく与えられる快感はまるで麻薬のようで、この男と離れた後のことを考えるとゾッとする。
「……ゾロ……」
 頬に触れる、大きくてあたたかな手のひら。キスの合図。ゾロはシーツを掴んでいた手を差し伸べ、自分からサンジにくちづけていった。片側だけ覗く深い色の瞳が、嬉しげに細められる。ああ、調子が狂う。
 ゾロは目を閉じ何も考えないようにして、ただ甘ったるいくちづけに没頭した。

 

 

 一日中、と言った言葉の通り、サンジは翌朝、まだ眠っているゾロに手を伸ばしてきた。
 起きぬけにきつすぎるほどの刺激を受けたゾロは、何が起こっているか判らぬままサンジを受け入れさせられ、抑えることもできずに女のように鳴かされた。
「っの、ドへんたい……っ! 寝込みを襲うなんて卑怯だぞっ」
「だって、君があんまり可愛い顔をして寝ているから」
「かっ、可愛くなんかねェ! 目ェ腐ってんぞてめェ!」
 言われ慣れないことを臆面もなく言われ、真っ赤になってゾロは怒鳴った。サンジはクスクスと笑いながら、ゾロを抱き締め、首筋にくっきりとつけられた痕の上に重ねるようにキスを落とした。それだけで、また簡単に火が着いてしまう。
 密着しているために、小さく身を震わせてしまったのを気づかれ、吐息混じりの笑みに肌をくすぐられて、んっ、と思わず声が漏れた。
「さすが、若いね。ほら、もう……こんなに元気だ」
 するりと手が滑り、反応しかけたペニスを握り込まれる。
 男のことを言えない。ゾロだって、何度も抱かれたあとなのに、男の愛撫に反応を返してしまう。
 ゆるゆるとした刺激が物足りなくて、自分から男の手に腰を押しつけた。しかし、
「はしたないよ、ゾロ」
 サンジは笑って、ゾロ自身に触れていた手を放してしまった。
「あ……、な、んでっ」
「――ゾロ」
 縋るような目を向けるゾロに、サンジは不意に真摯なまなざしで名を呼んだ。

「私は、明日帰らなければいけない」

 突然のことに、快楽に溺れかけていたゾロは息を呑んだ。
 元々、仕事で付き合っていただけのことだ。別れがいずれ来ることは知っていて、この男に付き合うのもそれまでのことと思っていた。
 だが、それが明日だなんて――あまりに急すぎる。
 動揺するゾロの頬を撫で、髪を撫で、サンジは間近から瞳を覗きこむようにして続けた。
「だから、ゾロ。私と、来てくれないか?」
「…………?」
「この国を捨て、私についてきてほしい」
「!!」
 ゾロは、サンジの言葉に目を見開いた。冷水を浴びせられたように、一気に熱が冷める。
 ここにいる間だけの契約だと思っていた。好きだ愛してるといくら繰り返されても、信じていなかった。――否。信じまいとしていた。
 正直なところを言えば、恐ろしいほどの執着を向けられ、切なげな表情で掻き口説かれるうち、絆されつつある己を自覚してはいたのだ。けれど、だって自分は。
 覚めた時と同様、一気に感情が昂って、見開かれたままのゾロの瞳からぼろぼろっと涙が溢れた。
「……泣くほど、嫌か?」
 困ったように巻いた眉尻を下げ、サンジがゾロの涙を指先で拭う。
 それを振り払うように、ゾロは大きく頭を振った。
「ゾロ」
「――っ思い出せねェんだよ!」
 叫びは、悲鳴じみて掠れた。
「あんたの言う出会いとかっ……何も、判らねェ。だから、あんたが俺を好きだってのが理解できねェ……! そんなんで、あんたの傍になんかいれるわけねェだろっ」
 何でこんなに必死になっているのかと、自分に疑問を覚えないでもなかった。けれど、ここまで想ってくれる相手に返せないことが、何故かひどく苦しくて。


「……それについては、ロビンとナミからきつく叱られたよ。君が、かわいそうだとね」


 苦笑混じりの言葉。
 涙にかすむ目を向ければ、滲む視界に映る男は、嬉しいような困ったような、複雑な表情をしている。
「……?」
 ロビンとナミが、一体どうしたというのだろう。叱られたって、何のことだ。
 ゾロの無言の問いに応えるように、サンジが口を開いた。
「君と初めて会ったのは、まだ私が半人前で、……この国に留学に来ていた時のことだ」
「……」
「公園で、本を読んでいた。その、私が座るベンチの隣にやってきた女性がいた。珍しい緑の髪の、美しい女性だった」
「?」
 ゾロは、首を傾げた。自分との出会いの話ではないのだろうか?
 サンジはゾロの考えを呼んだように、小さく笑った。
「私の運命がそこにいた。彼女の胸に抱かれていた君が――私を見て、無邪気に笑ったんだ。その瞬間に私は―――」
「っ、ちょっと待てっっ!!」
 うっとりと、その時のことを思い返すような目で語るサンジを、ゾロは思わず遮った。
『女の胸に抱かれていた』? 緑の髪の女だったと言うなら、それは間違いなくゾロの母だろう。しかし、ゾロの両親は。
「……あんた、それ……いつの話してんだ……?」
 恐る恐るの問いに、サンジはあっさりと答えた。
「スキップして、二度目の大学院生をやっていた頃だから――16年前になるかな」
 ゾロは2歳である。

 

「―――っ覚えてるわけあるかあ――!!!」

 

 ゾロの絶叫を、サンジはきょとんとして聞いていた。

 

 

 話を聞けば。
 その出会いとも呼べぬ出会いから、サンジは常にゾロのことを気に掛けていた。
 ゾロが両親を亡くし施設に入ったとき、父親にゾロを引き取る許可を得ようとしたが、一人前になったら好きにしろ、と言われ断念。しかしいつか父に認められた暁には必ず迎えに行こうと心に誓ったのだと言う。
 ゾロが施設を飛び出した後も、何年も必死に行方を捜し、ようやく見つけて今に至る、というわけだ。
「年季の入ったストーカーじゃねェか」
「そうだね」
「……肯定すんなよ」
 何故かにこにこと嬉しそうに答えるサンジに、脱力する。一体、自分が悩んでいたことはなんだったのか。
 ちなみにサンジは、産まれた瞬間からの記憶を持っており、それが普通だと思っていたらしい。ゾロに思い出せなどと言っていたのもそのためで、昨日ロビンとナミに窘められてようやく考えを改めたのだった。
「つーか、2歳児相手に『運命を感じた』って。フツーに変態だろ」
「それは違う」
 サンジは痛みを訴える頭を押さえるゾロの手を取り、言いきった。

「君だからこそ、だ。君であるならば私は、たとえ100歳の老人であったとしても恋におちていたよ」

 ――――こんな戯言を、呆れつつも少し嬉しく感じてしまうのは――やはりもう、手遅れだと言うことだろうか?
 ゾロは諦めたように目を閉じ、降りてくる男のくちづけを受け入れた。

 

 

 

 

 結論からいえば、ゾロは生まれ育った国を捨てた。
 何もしなくてもただ傍にいてくれればいいと言うサンジの言葉を拒み、現在、ナミの下について秘書見習いの身だ。
 まだ、サンジを愛しているかどうかは判らない。けれど、
「君の気持ちがどうであれ、こうして私と共に来てくれた。そのことだけで私は充分幸せだよ」
 そう言って笑うサンジのため、ゾロが花を売ることはもう、二度とない。

 

 

 

 

      ――――END

 



お・わ・っ・たー!!
放置しすぎで、ホントごめんなさい(>_<)
これ以上はまずかろうと、ラストが駆け足です。
やはり、こんなオチをここまで熟成させちゃだめですね。
でも、「はあ?」と思ってくれれば大成功。
そこまででなくても、「は?」くらい思ってもらえたら!(笑)
まだラブではない感じで終わっちゃってゴメンナサイ;;
とりあえず基本、うちのゾロたんは流されやすいので(死)
このまま気づけば結婚とかしちゃいますよ。ははは。
…ですから、この話、ギャグなんですって…(汗)
'10.04.05up


 

 

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