花売り
〜8〜



 サンジ・B・バラティエ。それが男の名であるらしい。
 去る高貴なお家柄の三男で、この国へはやはり仕事で来ているのだと言うことだった。

 男の昔馴染みでもあるロビンは、にこにことゾロの希望を聞き、あくまでビジネス上の関係だと言うナミがオーダーをした。
「あら。ゾロ、あなたかなりイケる口ね? 今度飲み比べしましょうか」
「ダメよナミ。あなた、うわばみでしょ。それに、この子を誘ったことが彼に知られたら……」
 酒ばかり何本もボトルで注文するゾロに目を輝かせたナミを、ロビンがやんわりと止める。ナミはぺろりと舌を出した。
「そうねー、私もまだクビになるのはごめんだわ。サーほど払いのいい雇い主、めったにいないもんね」
 ゾロは女たちが笑い合うのを、ふてくされつつ聞いていた。
 彼女らの話を聞けば聞くほど判らなくなる。この国から出たことのないゾロと男の接点とは何だろう。もういっそ、訳知りふうな彼女らに訊いてしまおうかとも思うのだが、それはそれで何だか癪だ。
 間を置かず届けられた酒類を次々に空けていると、ロビンが不意に立ち上がった。
「もうじき食事も届くわ。私たちはこれで失礼するわね。……行きましょう、ナミ」
 そう言って、どうやら相当な酒豪であるらしいナミが羨ましそうにゾロの前のボトルを見ているのを、肩を叩いて促す。
 これ売ったら一本10万ベリー……などとぶつぶつ呟いているのが聞こえて、ゾロは噴き出しそうになった。ラッパ飲みしていたボトルを、慌てて口から外す。
 ナミは酒豪でもあるが、それ以上に金が好きであるようだった。
 ロビンが苦笑して、
「気にしなくていいわ。せっかく開けたのだもの。飲んでもらえなくちゃそのお酒も、彼も悲しむわ」
 言いながらナミの頭を優しく小突き、ドアの前でゾロに向かって会釈する。未練がましそうだったナミも、さすがにバツが悪そうな顔をして「ごめんねゾロ、ごゆっくり」と笑ってロビンに続いた。
 二人が出ていってから、ゾロは改めてボトルを見た。
 高価いものだとは知っていたが、そこまでとは思っておらず、最初の晩に気に入って昨日も三本くらい空けてしまった。だってあいつが、俺が飲んでるの嬉しそうに見てて、止めねェから…と、ここにいない男のせいにしてみる。
 一晩一万ずつポケットに入れているが、考えてみればすでにもう、何年奉仕しても足らないほど男に貢がせているのではないだろうか。
 まさかそれが策略ではと疑う気持ちも湧くが、やはり目の前の酒の誘惑には抗えず、結局ゾロは酒も、届いた食事も残さず平らげたのだった。

 

 

 男が戻ったのは深夜だった。
 ゾロは風呂を使い、ベッドでうとうとしていた。こんな贅沢に慣らされてしまっては、冗談抜きに色々な意味で男から離れられなくなりそうだ。もちろん、このまま飼い殺されるなど、ゾロのプライドが許さないのだが。
 静かに開くドアの微かな音で浅い眠りから覚めたゾロは、ドアから続く隣のリビングスペースに小さくライトが灯るのを目にして身を起こした。
「おかえり」
 とりあえずそう声をかけると、男は驚いたようにゾロのほうを見て、そしてふわりと微笑った。
 それで、ゾロは男を殴ってやろうと思っていたことをすっかり忘れてしまった。
「ただいま。……寝ていてよかったのに」
「んや、寝てた。目ェ覚めただけだ」
 くわあ、とあくびをしつつ答えれば、また男が笑う。優しくて蕩けそうに甘い、ゾロを戸惑わせる表情で。
 ゾロは慌てて目を逸らし、風呂上りに引っかけたままだったバスローブの紐を意味もなく引っ張った。何というか、今までに周りにいなかったタイプの人間なので、どうしても調子を狂わされてしまうのだ。
 施設の『先生』のひとりが、いつも穏やかで、少し似たようなタイプだったように思うが、この男のような生まれ持った品とでも言うのか、そういうのとはやはり違った。
 男――サンジは、コートをクローゼットに仕舞い、ネクタイを緩めながら、ゾロに手を伸ばしてきた。今日もお勤めの時間かと思い、触れてくるに任せていたが、サンジはゾロの頬を両手で包みこみキスをすると、「先に休んでおいで」と囁き離れてしまった。
「……ヤんねェの」
 思わず口にして、ゾロはハッとする。これではこちらが期待しているようではないか。
 しかしサンジは気にしたふうもなく、ただ小さく笑みを零した。
「明日は休みを取ってあるからね。私も少し疲れているし、君も眠そうだ」
「……そりゃ、明日ゆっくりヤるってことかよ」
「そうだね、一日中君を抱いていようか」
 そのためにも今夜は身体を休めておいてくれ、などとさらりと何でもないことのように言われ、ゾロは赤くなった。
「この、絶倫男!!」
「ありがとう」
「だから褒めてねェよ!」
 毒づくゾロに、サンジは笑うばかりだ。
 ホントに調子狂うぜ、とゾロは舌打ちして、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。その幼い態度にまた男が笑い、背けられることで逆に晒されたすっきりとした首筋に、軽いキスを落とした。
 怒ったそぶりでベッドルームへ逃げ込みながら、ゾロはふと、この男はいつまでこの国にいるのだろう、と思った。
 夕方、あの二人に訊いておけばよかっただろうか。まァこの落ち着かない気持ちもその間のことと諦めよう。
 マジで一日中相手をさせられんのか…と不安になりつつも、ベッドに潜り込んだゾロは、すぐに眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



サンジさんのフルネーム(?)。
『B』は『Bleu』、フランス語で『青』の意。
お父様はゼフ・C・バラティエ。
『C』は『Crimson(深紅)』です(笑)
サンジさんの出身国はフランスイメージ。
英国紳士なサンジさんもいいかなって思ったんですが、
名前がおもっきりフランス語で考えてたんで(^^ゞ
ちなみに、この国はアメリカイメージです。
ま、これは何となく判りますかね(笑)
さて…刻んで10話にするか、9話で終わるか。悩む。
'10.02.23up


 

 

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