花売り
〜7〜



 これは、もしかして軟禁状態と言っていいのではないだろうか。三日目の朝を迎えた頃、ゾロはふとそう思った。
 男は昼間は出かけており、身体の自由を奪われているわけでもなく、食事もきちんと与えられ、服も用意され、風呂も使えてベッドで眠れる。ただ眠る前に少々(?)運動をしなければならないわけだが。
 しかし、いつでも出ていけそうでありながら、そうすることができずにいるこの状況は。


 昨日、エースから連絡が入った。クロコダイルから、ゾロが現在とあるお偉いさんの専属になっていると聞かされて、心配をしてくれたらしい。
『なァ、もしかしてあの時の奴んとこいんのか? 助けとか要る? シャンに頼んでみるか?』
 面倒見のいいエースの言葉に、ゾロは笑って遠慮しておいた。
 シャン、ことシャンクスとは、赤髪の男の名だ。確かにあの男なら何とかしてくれそうだが、借りを作りたくない。それに、まだ特に助けてほしいと思うほど困った事態にはなってはいない。
 ゾロに対し異常なまでの執着を見せる男。男の言う出会いを、ゾロはどうしても思い出すことができない。その名を教えられてさえも。
『ちょっと調べてみる。マジで困ったらいつでも連絡して来いよ』
 ふと黙り込んだゾロを気遣ってか、エースはわざと明るい声で言って、通話を切った。


 男が頼んでおいてくれた朝食兼昼食のフレンチトーストをつまみながら、ゾロはぼんやりと携帯を眺めた。これも謎だ。男はゾロから携帯を取り上げようとはしなかった。エースが申し出てくれたように、ゾロが望めば助けを求めることだってできるのだ。
 もっとも、そんなことをしなくても、普通にこの部屋のドアを開けて出ていくことだってきっと容易だ。
 それなのに。

 ――愛しているよ、ゾロ。君だけだ――

 あの男の声。
 あんな熱さを、他には知らない。戸惑い揺れる己の心を、ゾロは持て余していた。
 パチン、パチンと意味もなく折りたたみ式の携帯を開いたり閉じたりしつつ、最後のひときれを口に入れる。甘い甘い、このパンのように、あの男の想いはゾロを溶かしてしまおうとしているかのようだった。
「――――俺だって、思い出せるもんなら思い出してェよ……」
 お前が何者なのか。自分たちの出会いに、何の意味があるのか。イカレているとしか思えない男の執着を、何故疎ましく感じないのか――。
 もしも思い出せたなら、そのすべてに答えが出せるような気がして。

 

 

「こんにちは。あなたがサーの『子猫ちゃん』?」

 カチャリ、と不意にドアが開いて、女の声がゾロに掛けられた。オートロックのそのドアは、カードキーがなければ外側からは開けられないはずで、ゾロはびっくりして振り返った。
 そこには、二人の美女が立っていた。一人は黒髪で長身の女。もう一人、ゾロに声をかけてきたのは、オレンジ色の髪の女だ。
 黒髪の女が、微笑みながらオレンジ髪の女を窘める。
「失礼よ、ナミ。……初めまして、ゾロ? 私はロビン。『彼』の顧問弁護士よ」
「……弁護士?」
「悪かったわね。私はサーの秘書ナミよ。よろしく」
「…………」
 ゾロはぽかんとして、二人の女を交互に見た。
 顧問弁護士に、秘書。『彼』だの『サー』だのと呼ばれているのがあの男のことだとは判る。が、一体その彼女らが自分に何の用があるのだろう?
 ナミと名乗ったオレンジ髪の女がゾロに近づき、にこりと笑って手を差し出す。つられたように差し出したゾロの手を取り握手すると、その大きな茶色の瞳でゾロを見つめ、口を開いた。
「サーがあそこまで惚れ込んでる相手に、興味があったの。会えて嬉しいわ。あなたもでしょ、ロビン?」
 振り返ってロビンと名乗った黒髪の女に言えば、ロビンもまたにっこりと笑んだ。
「そうね。彼は昔から、ゾロ、あなたの話ばかり私たちにしていたのよ。見ていて微笑ましいくらい」
「あら、そう? 私は話聞いてて恥ずかしかったわよ。みっともないくらいデレデレしちゃって。まァ……こんな若い、っていうか子供だとは思わなかったけど」
 ちらりと意味ありげな視線を向けられ、ゾロは意味も判らず居た堪れない気持ちになった。あの男がデレデレ――しかもみっともないほど!――している姿など想像もできなかったし、昔からというのはいつで、一体どんな話を彼女らにしていたのかも考えもつかない。
 赤くなって俯くゾロに、二人の美女は顔を見合わせ、ふふふと笑う。
「彼の言うとおり、可愛らしいひとね」
「赤くなっちゃって。サーが夢中になるのも判るかもね」
「な、な……っ」
 ナミに指先で顎を辿られ、驚いたゾロはその手を払って一歩後退った。元々、女は苦手だ。ゾロにとって理解不能な生き物だ。
「……っ一体何なんだ、てめェらは!? あいつなら留守だ、用がなきゃ消えろッ」
 怒鳴ると言うより叫んだゾロに、二人は肩を竦めて見せた。
「彼に用事があるのではないわ。むしろあなたにね」
「サーに頼まれたのよ、今日は遅くなるから、あなたの夕食を用意するようにって。ルームサービスくらい自分で出来るでしょうに、過保護よねェ」
「とても大切にしているのね」
「……!!!」
 たったそれだけのために弁護士と秘書を寄越したという男の行動に、ゾロは開いた口が塞がらなかった。
 女たちの目が呆れているように――ロビンはともかく、少なくともナミは確実に呆れている――思えて、ゾロは男が帰ってきたら一発殴ってやろうと、内心拳を固めたのだった。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



サー、は『サンジ』のサーではなく、『sir』です(当たり前だ)
おきぞくさま・・・!(笑)
調べたところ、現在階級は名称のみらしいのですが、
まァ『LOVELY〜』同様、半ファンタジーですので。
サンジさんの名前。
結局出なかった(笑)ナミさんロビンちゃんが出張っちゃったから;
私はもしかしたらサンジさんと同じ『女っ気がないと死んでしまう病』かも…
ちなみにナミさんはギリ二十代、ロビンちゃんはサンジさんと同い年です。
…はい。延びてます。確実に。
どうしよう…所詮『あのオチ』なのに…(死)
'10.02.15up


 

 

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