花売り
〜5〜



 目が覚めたら、部屋が薄暗かった。
 ここへ来た時にはとうに真っ暗で、散々抱かれたあと意識を失った時も、小さなスタンドの灯りがあっただけだった。どうやら朝でもないようで、つまり丸一日近く寝ていたらしい。
 起き上がろうとしたゾロは、腰から下に力が入らないことに気づいて、舌打ちした。ろくでもない客に当たってしまった。もう金も何も要らないから、とっとと帰ってしまおう。幸い、広い室内のどこにも人の気配はない。仕事にでも出かけているのだろう男が戻る前に、何とか――――。
 鈍痛を訴える身体を叱咤し、脱いだ衣服を探す。が、シャワー前に脱衣所に脱ぎ捨てたはずのそれが、どこにも見当たらない。
 シーツを纏っただけの姿であちこち探していると、リビングスペースのテーブルの上に、ゾロの携帯が置いてあった。赤髪の男が寄越したもので、彼とクロコダイル、それにエースの連絡先が入っただけのものだ。基本的に電話など使うことはないので、ほぼ受信専用になっている。
「ゾロちゃんはやっぱグリーンだよね♥」などと言って勝手に押し付けてきたメタルグリーンのそれを手に、どうしたものかと――男の服を失敬して行こうかと考え込んでいたゾロは、ドアの開く微かな音に気付かなかった。

「――誰かに迎えに来てもらうのかい?」

 不意に声を掛けられ、びくりとする。振り返れば、男がコートを脱ぎながらゾロのほうへ歩み寄ってくるところだった。
 毛足の長い絨毯は、靴音を完全に消してしまう。気づかなかった自分に内心舌打ちつつ、ゾロは無表情を装った。
「俺の服は?」
「クリーニングに出したよ。大丈夫、替えの服なら買ってきたから。……あァ、ただいま。身体はどう? 動いて平気?」
「……クリーニング……って、勝手に……!」
 けろりとして言う男に、ゾロはカッとして声を荒げた。
 別に気に入りの服というわけでもなく、どれも安物だ。だが、断りもなくというのが気に入らない。自分でそうさせたくせに、身体の心配などして見せるのも。
 男は動じることもなく、にこりと笑って、
「大丈夫そうだね。一応、後始末はしたんだけれど、不充分かと思っていたんだ。具合が悪くなったらすぐ言いなさい」
「……!!」
 何でもないことのように言われ、思わず下腹に手を当てる。そういえば昨夜、この男はゴムを使わずじまいで、溢れるほど内に精を注がれたのだ。下腹に違和感がなかったので気にしていなかった。
「あァ、それと。クロコダイル氏には私から連絡させてもらったよ。しばらく君は私の元にいるってね」
「……あんた……何モンだ」
 ゾロは男を睨みつつ訊いた。男は変わらず笑顔のままだ。昨夜の激しい性交の名残も何もなく、初めて声をかけた時と同じ、世間知らずの坊ちゃん育ちの印象のまま。
 と、男がさらにゾロへと近づいた。手が差し伸べられるのを、ゾロはじっと見つめていた。
 大きく繊細な、昨夜散々にゾロを翻弄したその手。
 指先が頬に触れた瞬間、ぴくりと竦むように反応した身体は、セックスの記憶をしっかりと残している。
「ゾロ」
 手のひら全体で頬を包みこまれ、囁くように名を呼ばれる。
 やはり気のせいではなかった、とゾロは思う。
「何で、俺の名前を知ってる? 名乗った覚えはねェぞ」
「……君は……」
 男は少し寂しげに笑った。挑むような目を向けるゾロに、ぴたりと視線を合わせる。
「――覚えて、いないんだね。無理もないかもしれないが……」
「どういう意味だ。俺ァ、あんたと会ったのは昨日が初めてだぞ」
 訝しげなゾロの言葉に、男は小さく首を横に振った。
 そうではない、と。
 それ以前に会ったことがあるのだと。
 ゾロの眉間のしわが深くなる。髪形は変えたのだとしても、このグルグル眉毛。こんなもの、一度見たら忘れるはずがない。男の勘違いではないかと思うが、それではゾロの名を知っていることの説明がつかない。
 男はやわらかくゾロを抱き締め、愛おしそうに耳元へ囁きかけた。

「思い出して。ゾロ」

 切なげなその声に、ゾロは困惑するしかなかった。

 

 

 男が用意したシンプルな――それでも明らかに高級な――服を身に着け、食事をする。酒も選ばせてくれ、ゾロはやはり遠慮することなくまた何種かを頼んだ。
 優雅にナイフとフォークを扱う男を、ゾロは観察するように見る。
 客の顔など、いちいち覚えちゃいない。同じ相手を何度も受けない、というのは、一度ゾロを買った男たちが妙に馴れ馴れしくなるので判るのだ。赤髪を認識しているのは、しつこく何度も誘ってきて、しかも最初に世話になったからだ。
 だが、それでなくてもこの男は、昔の客などではないと思う。こういうタイプを相手にしたことはないし、やはりどう考えてもあの眉に覚えがないのだ。
 しかし、では一体いつ、どこで会ったというのだろう――?
「先にシャワーを使うかい?」
 声をかけられハッとする。
 男は食後のコーヒーを口にしながら、ゾロを見つめて微笑んでいた。
 ボトルに直接口をつけて飲んでいたゾロは、むう、と唇を尖らせ男を睨んだ。昨夜、あれだけやったのに、
「……絶倫男が」
「ありがとう」
 にこにことそう応える男に、褒めてねェよと返して、ゾロはボトルの中身を一気に飲み干した。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



5話目です〜謎が謎を呼んでます(笑)
つか、ようやくここに辿り着いた感じです…
どうかなァ、うまくすればあと1〜2話で終われそうかも。
何とか、10話までいかずにラストに持っていきたい!
終わったら、番外小話も書きたいし。
エース視点の話とかv
シャンクスもちゃんと書きたいなぁ♪
…まだ終わってもないのに、妄想が…(汗)
サンジさんはやはり、紳士でも絶倫です(爆笑)
'10.02.01up


 

 

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