花売り
〜3〜



 キスなんてしたのは、もうずいぶんと前のことだ。
 商談が成立すれば、すぐに咥えさせられたり、適当に慣らされてぶち込まれたり。一人当たり、たいてい30分とかからないで終わる。どこの男のモノをしゃぶったとも知れない唇に、好んで触れたがるバカはいない。
 ゾロに初めてキスをしてきたのは、エースの常連のひとりで、ゾロの一番最初の客になった奴だ。
 派手な赤い髪――ゾロの緑髪だって充分に派手だが――の、隻腕の男。へらへらといつも笑っていて軽そうで、でもたぶんヤバい奴だとゾロの本能が告げる。係わり合いになりたくなくて、以来一度も誘いに乗ったことはないけれど、いまだに時々口説いてくる。
 そいつはにこにこしながら、「ハジメテくらい、まともなHがいいでしょ」とふざけたことを言って、キスから始まる、普通の『セックス』をゾロに教えた。
 きもちいーこと覚えれば、おシゴトも楽しくなるよ。ヤなことしてると思ったら、こんなこと続かないよ。ま、ゾロちゃんが俺のになるんなら、こんなことしなくても食べてけるように囲ってあげちゃうんだけど――そんな、冗談とも本気ともつかないことを言って。
 施設を飛び出して、頼るところもなくて。安易な方法で金を作ろうとしたゾロを、クロコダイルに紹介してくれた。その恩は忘れていない。そうでなければ当時のゾロのような無力なガキなど、あっという間に海に浮かんでいただろう。
 だけど、あの男は怖かった。クロコダイルなどよりも、ずっと。
 これ以上借りを作りたくなかったし、囲われて守られて自由を奪われるなど、我慢できそうになかった。それでは施設を出た意味がなくなる。
 だから――――――

 

 

「……メシ、先じゃなかったのかよ」
 ゾロは男の胸を押し、くちづけを解いた。
 男はにこりと笑い、そうだったね、じゃあ後でちゃんとしようかと、ゾロが折り曲げたメニューを取り上げて開いた。気を悪くした様子はない。
「どれが食べたいの」
「ん、これとこれとこれ。あと、酒。この――」
 指をさすゾロに頷き、テーブルの端にある電話に手を伸ばす。
 男が注文をしている間、ゾロは札束を眺めながら先のキスを思い出していた。
 触れるだけのそれは、赤い髪のあの男に教えられたものと違い、ただあたたかくて柔らかかった。きっと、セックスも――ゾロももう、この男が他の客のようにただ突っ込みたいのでないことは気づいていた――キスと同じように、優しくて穏やかなのだろう。
 きちんとしたセックスなど、時間の無駄だしうざったい。それでも金をもらう以上、ある程度相手の好みに合わせるのも義務だと――そう思った。
 この、金銭感覚のずれた世間知らずの紳士殿は、ゾロをどうしてか気に入り、性欲処理の道具でなく、一時の恋人として扱いたいらしい。一夜の、と言いたいが、20回分を買う気でいたなら、たとえばこの街に滞在する間とか、そういう長期間の契約のつもりだろう。
 ひとりの相手と何度もするのは、ゾロの主義に合わない。面倒なばかりの客であるはずなのに、ゾロはもう、この男の気のすむまで付き合う覚悟を決めていた。どうしてかは考えない。面倒くさい。
 どうせ、金持ちの気まぐれだ。20回する前に飽きるかもしれないし、明日にはホテルから放り出されているかもしれない。それでもいい。
 勝手に寄越された金だが、ゾロは正規の分しかもらうつもりはなかった。だって、ゾロはこの仕事を楽しんでやっている。たとえどれほど蔑まれても。

「オジサン、もうちゅうはナシだぜ」

 受話器を置いた男に言うと、何故と返された。
 ゾロは、性悪そうに笑って見せた。
「俺、キスより、ちんこしゃぶるほうが好きだから」
 嘘じゃない。だから、この仕事を続けていける。
 一時の恋人にも優しいキスをするあんたとは、住む世界が違う。
「俺より上等な奴なんて、いくらでもいるだろ。次にだれか買うときは、あんなストリートじゃなくて、ちゃんとした店に行けよ。――今日は、せいぜい楽しませてもらうけど」
「……意地が悪いね」
 困ったように笑う、その顔は悪くないなと思った。むず痒くなるような、甘ったるいまなざしを向けられるよりは、ずっとマシだ。
 食事に酒までついて、シャワーを浴びて、最高級のベッドで優しく抱かれる。想像もつかなかったけれど、たまにはそんな贅沢を楽しむのもいいかもしれない。
 ゾロは札束から一枚を抜き取り、ひらりと男の目の前に翳した。
「前払い分。……あとの払いは、試した後でいいぜ。気に入ったら、そん時に残りをもらう」
 尻ポケットに札を無造作に突っ込むと、直に届くだろう食事のために、かごを絨毯に下ろし、テーブルを空けた。
「試さなくても、判るのに」
 苦笑混じりの男の言葉に、噴き出す。まったく、物好きな男だ。
 料理はこれまでに食べたこともないほどに美味かった。酒も。

 

 

 

 

 シャワーを浴びて、ベッドで抱きあう。本当に恋人同士のセックスのようだ。そう思うと可笑しくて、楽しかった。
 男は当然のようにゾロに触れたがったが、ゾロはそれを拒んで、自分から男のものを咥えた。ああ、と悦さそうな溜め息が聞こえる。
 ひょろっとしているように見えて、男のペニスはなかなか立派だった。色はそれほど濃くはなくて、いつもの客の醜悪な形のそれと同じものとは思えなかった。
 元より嫌悪感などない。いつか言われたとおり、自分は淫乱なのだ。教えられる前から、キモチイイことなんて知ってた。
「一回、先にイかせてやろうか?」
 口から離すのが惜しくなって、そんなことを言ってみたら、男が苦笑したのが気配で判った。呆れたのかもしれない。どうでもいい。ゾロは答えを待たず、昂った男のペニスを喉奥まで呑み込んだ。
 吐き出されたものを残らず飲み干して、男を見上げると、男は息を弾ませ上気した頬を緩め、ゾロの頭を愛しそうに撫でてきた。
 大きな手のぬくもりと感触がひどく心地好くて、ゾロは自分が猫の仔にでもなったような気がした。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



小話を書く機会があれば、ちゃんと出したいです。シャンクス。
つか、まだ本番に入ってねェよ…orz
ゾロの過去は、まあ、ちゃんと書くかどうかは未定。
でもだいたいは予想が着きますよね。お約束っぽいし(苦笑)
設定が細かすぎると、とりとめがなくなるなァ…。
てゆか、サンジさんの出番少ないよ! サンゾロなのに!!
それ以前に、ゾロとエース以外に名前が出たの、スモーカーとクロコダイルだけ…。
わざとなんですが、考えたらひどいですね(汗)
'10.01.02up


 

 

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