花売り
〜2〜



 男の子を買うのは初めてだよ、男はタクシーの中でこっそりとそう言って、にこりと笑った。そうだろうな、とゾロは思う。
 5000、というのは通常よりも色をつけた値だ。ストリートのウリ、しかも男にそれほどの価値はない。若い女なら、その倍は取れるかもしれないが。
 タクシーは、ゾロなど足を踏み入れたこともないような、高級そうな店やビルが建ち並ぶ界隈へと入っていく。こりゃもうちっと吹っかけれたかもな、とゾロは少し残念に思った。
 カードで支払いを済ませた男は、ゾロの座っているほうへ自らまわり、ドアを開けてくれた。当然だが、エスコートなどされたのは初めてで、居心地の悪さを感じたのだが、客がそうしたいのならつきあってやるのも仕事のうちだと従う。
 ドアマンが駆けつけ丁寧に一礼し、ちらりとゾロに目を向ける。
 Tシャツにデニム生地のパンツとジャンパーというゾロの恰好は、明らかに浮いている。無理もないドアマンの反応だったが、いかにも胡散臭げな視線には少々ムッとした。
「私の客だ。失礼のないように頼むよ」
「かしこまりました」
 男は気にしたふうもなく、ゾロの肩を抱くようにしてエントランスへと促した。フロントにいた男が当然のように出迎え、エレベーターを操作しふたりに礼をする。VIP扱いだ。
 乗り込んだエレベーターが着いた先は、最上階のスイート。
「オジサン、すげェ偉いヒト?」
 たいていのことには動じないゾロも、さすがにとんでもない相手に声をかけてしまったかとビビりつつ言う。
 男は答えず、ただ軽く笑っただけだった。

 

 

「さて。まずは食事にしようか。お酒も、好きなものを何でも選んでいいよ」
 男がそう言って、ルームサービスのメニューを渡してくる。沈んでしまいそうなほど柔らかいソファに遠慮なく腰掛け、ゾロは早速メニューを開く。
「……値段が書いてねェ」
 思わず声に出してしまったゾロに、男は可笑しそうに笑う。
 気にしなくていいから何でも言いなさい、とゾロの頭をぽんと叩く。子供扱いにムッとしつつも、ゾロは男の言葉に甘えて、酒のページを開いた。
 酒好きなゾロだが、量を飲みたいのでもっぱら安酒だ。
 一度飲んでみたいと思いつつ手の出せなかったものや、見たこともないような銘柄のものがたくさんある。気にしなくてもいいのなら、といくつかを選び、一応男のリクエストも聞こうと顔を上げれば、男はいつの間にか姿を消していた。
 酒を選ぶのに夢中になりすぎ、リビングスペースを出て別の部屋へ移動して行ったのに気付かなかったらしい。
 メニューをぺこぺこと折り曲げて遊んでいると、すぐに男が奥――おそらくベッドルーム――から戻って来た。ぽん、と手に持っていた何かを目の前のテーブルに置かれる。
 ゾロは目を瞠った。
「……何だこれ」
「え? ええと、……かごの中身を全部買ったら、これくらいじゃないのかい?」
「かごの中身……全部?」
 びっくりするあまり、オウム返しに呟いてしまう。
 いつそんな話になったんだ。全部って。何考えてんだこのオッサン!
「つか、こん中、20個しかねェけど」
「あァ、じゃあちょうどじゃないか」
 男は安心したように笑って答える。テーブルの上に無造作に置かれたもの――紙の束は、たぶん100万の札束だ。
 確かに、ゾロは単価を聞かれたとき、単位を言わず指を5本出しただけだった。だが、だからと言って――――
「アホかてめェ!! どこの高級娼婦を買ったつもりだよ! ウリの男に5万もつける客なんざいねェよ!!」
 ラッキー、と受け取ってしまうには、金額が大きすぎる。元々、こういう商売をしている割には正直なところをよくエースにからかわれているゾロだ。過剰すぎる対価には戸惑いしか湧かない。
 第一、まだ『仕事』をしていないのだ。見合ったサービスとしてヤバいプレイを求められたら、という懸念も多少はあった。逃げてしまえばいいのだろうが、金をもらう以上、仕事はきちんとこなすのがゾロの最低限のプライドだ。
 怒鳴られた男はゾロの剣幕にきょとんとしていたが、ふっとやわらかく笑みを漏らした。
「他の客がどうかは知らないが、私は君にはそれくらいの価値があると思ったんだ。いや、これでも少ないくらいだと思ってる」
「ば…っかじゃねェの。ヤってもねェのに。よっぽど俺ァ、あんたの好みだったかよ」
 まっすぐな口説き文句にさすがに困惑したゾロが、わざとからかう口調で返す。
 薄汚れた淫売だとか、公衆便所などと呼ばれることさえある自分達。3000ぽっちも払うのが勿体ないと、逃げられそうになったことも一度や二度じゃない。もちろん腕っ節には自信のあるゾロだ、そんな輩は一発ぶん殴って、財布ごといただいたりしていたが。
 その、自分を。
 5万以上の価値がある、なんて――。

「……そうかも、しれないね」

 ゾロの憎まれ口に怒るどころか、男はそう言って晒している右目を細めた。
 あ、と思った。
 テーブルに手をつき、身を乗り出すようにした男は、ごく自然な動きでゾロにキスをした。
 気づいたのに避けられなかった自身に驚きながらも、ゾロは男のくちづけをただ大人しく受け入れてしまっていたのだった。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



2話目で、キスどまり。
これで18禁ですか。いいんですか(爆)!
『LOVELY〜』もそういや、2話のラストでやっとキスだった…。
やっぱり、基本的にあたし、ヤるだけの話って無理みたい。
ちなみに、気づいてくれた人がいたらちょっと嬉しいんですけど。
この話、ぷりてぃうーまんをイメージしてました。
…いや、あくまでイメージだけね。
ゾロたんは淑女になったりしませんよ!(笑)
'09.12.21up


 

 

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