花売り
〜1〜



 夜も更けつつある時刻。
 乱雑な街の片隅、街灯の下に若い男がひとり立っていた。
「よォ、エース。今日は早ェな」
 図体に不似合いな小さなかごを手にした緑髪の男が、同じようなかごを持ったその男に声をかける。エース、と呼ばれたそばかすの目立つ黒髪の男も、よォ、と片手を上げて応える。その口元には、細い棒のようなもの。
「何だソレ?」
「スモーカーおじさまがくれたんだ。煙草はダメってさ」
 あのひとの副流煙のが問題だってのよなー。
 そう言って、口から出して見せたのは、鮮やかな色のロリポップ。身長が高く比較的体格もいいエースには、かご以上に不似合いだ。
 スモーカーと言えば、エースの常連客の一人で、常に葉巻をくわえているような男だったと記憶している。
「へェ、もう売れたんだ」
「ん、1個な。そういうゾロは、今からか?」
「そー。なくなりかけてたからさ、追加仕入れてきたとこ」
 ゾロ、と呼ばれた緑髪の男――エースとほとんど体格は変わらない――は、頷いてかごを掲げて見せた。
「つーかよ。ワニの野郎、いつの間に単価上げてやがったんだ?」
「あー、俺も明日あたり仕入れだ。……いくらになったって?」
「1個1500」
 かごからひとつ掴み取り、ひらひらと翳す。それは、何の変哲もない――パッケージの隅にワニのマークが入っているだけの――コンドームだった。
 値段を聞いて、げえ、とエースも顔をしかめる。
「場所代込みとはいえ、先月より500も一気に上げやがって。足元見やがるよなァ」
 パサ、とかごの中にそれを戻し、チッと舌打ちをひとつ。
 ゾロとエースは、いわゆる『春を売る』仲間だ。エースが19歳、ゾロは18歳になったばかり、と共に若いが、知りあってもうずいぶんと経つ。
 コンドームに値をつけて、それを売ると言う建前で、お客様にキモチイイことをしてやる。そういう職業。
 ここいらを仕切っているボスが、ワニ野郎――クロコダイルという男だ。彼に睨まれたら、この界隈で商売はできない。
 とはいえ、元々さして儲けがあったわけではないのだ。これでは、仕入れを差し引いたら飲み代にしかならない。酒好きのゾロは、それでなくともいつも売り上げのほとんどを酒に注ぎ込んでしまっているのだ。
「金持ちそうなの狙ってみれば? 気に入られたら、お小遣いくれるかもよ――あいつとか」
 ぼやくゾロに、エースが指さして見せる。そちらに頭を巡らすと、見るからに上等そうなコートに身を包んだ男がいた。
 こちらを見ていたらしい彼と、目が合う。
「……イケそうかな」
 逸らされない視線を合わせたまま、ゾロは訊いた。イケんじゃね? とエースが応える。
 エースには何人か、金持ちの馴染みがついている。その気になればこんな仕事でなく、ちゃんとした真っ当な仕事を世話してもらうことも可能かもしれない。が、客に面倒を見てもらうことを嫌って、こうしている。
 ゾロに、特定の馴染み客はいない。何度も同じ相手につく気になれないからだ。が、馴染みを作るのはともかくとして、手当たり次第でなく客を探すのはありかも知れない、と思った。
 年の頃は30代半ばくらいか、落ち着いた上品そうな金髪の男。身なりもよく、たまにいるような、金を出し渋るタイプでもなさそうに見える。

「よし。今日の一人目、決まり」

 ゾロはにやりと笑うとエースに片手を上げてあいさつし、男のほうへと足を向けた。

 

 

「オジサン。ゴム要らねェ?」
 ストレートにそう声をかけると、男は驚いたような表情をした。変わった髪形をしている。前髪の片側だけを長く垂らして、顔の左半分が隠れてしまっている。
 深い色の瞳、その上に端がくるりと巻いた奇妙な眉が、ゾロの目を惹いた。どうなってんだアレ。どういう生え方してんだ?
「……私、かい?」
 戸惑った声が、少しの間の後に返される。思ったより低い声。
 ゾロは、彼に身体を触れんばかりに近づけた。
「そうだよ、オトコマエのオジサン。こーゆーの、買ったことねェの?」
 かごを持ちあげて見せながら、上目遣いに窺う。
 男は、苦笑した。
「申し訳ない、ルールをよく知らないんだ。……ひとつ、いくらで?」
 ゾロは片手を開いて、彼の目の前に突き出した。すると、男はわずかに迷う素振りをし、
「現金の……持ち合わせがないんだが」
 カードしか持っていなくてね、とすまなそうに言うのに、ゾロは内心舌を打った。金持ちにはありがちなことだが、それにしたって5千ぽっちも持っていないとは、当て外れもいいところだ。
 金がないなら用はない、とばかりさっさと身を離そうとしたゾロの手を、男が慌てたふうに掴んできた。
「ホテルに戻れば、あるから。来てくれないか? 美味いものをごちそうするし、酒もある」
 酒、という単語に、振りほどこうとしたゾロの動きが止まる。
 ホテルなんてものを利用しようという客など、ほとんどいない。しかも『戻る』ということは、自分のテリトリーに連れ込もうと言うつもりなのだ。
 ゾロは改めて、目の前の男を見た。
 背は高い。ゾロとあまり変わらないくらいか。だが、ひょろりとしているように見える。ゾロは腕力には自信があった。こんな優男、いざとなったらぶっ飛ばして逃げるのは簡単そうだ。
「……どうかな?」
 ゾロの不躾な視線に気を悪くした様子もなく、男は穏やかな笑みを浮かべて訊いてきた。

「――いいぜ」

 ゾロは目を細め、そう答えて唇を舐めた。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



新連載始めました。
これもまた、、内容的に18禁です。
今回のはそれほど長くなりません。なりませんったら(苦)
紳士×アバズレ。
エースを出したのは趣味です、もちろん(笑)
特にモクメラってわけではなく…総受けです。
ゾロたんとエースは受けコンビです。
エーゾロでユリホモちっくなのも萌えますが(…)
いつか、書くかもね!(マニアすぎる…)
'09.12.08up


 

 

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