はつこいのひと



 お互いの姉同士が仲が良かったから。そんなきっかけで、私たちは知り合った。
 特に親しく話したわけじゃない、それでも私は――――

 

 

 くいなさんの部屋に、姉のノジコと一緒に遊びに来てた時のことだ。
 くいなさんとは、私も結構仲良くしてもらってるので、よく一緒に遊んでる。最初はホントにそれだけだったけど、今は時々くいなさんの弟のゾロに会えることもひそかに楽しみにしている。
 私より一歳年下の、オトコノコ。珍しい緑の髪を短く刈って、清潔そうで、格好がよくて……周りにいる男たちと全く違う彼が気になるのは、初めて会ったときからだ。
 一応、名前と顔くらいは認識されてるみたいで、顔を合わせればぺこっと頭を下げられるし、たまに「いらっしゃい」なんてちょっと照れ気味に言ってくれたりする。そういう反応も新鮮で、たまらない。
 ノジコにはすぐ気付かれちゃって、それもあっていつも誘ってくれる。多少からかわれるけど、それでも感謝だ。
 ぶっちゃけ、自分の容姿にはかなり自信があった。嫌な女って思われるかもだけど、こんなお堅そうでスレてなさそうな男、その気になれば落とせると思ってた。
 なのに。


 いらっしゃい、お邪魔してます、なんて言葉を交わして、彼が自室に入っていこうとしたとき。
 カツン、と何かが落ちる音がして、見ると、彼の足元に細いチェーンネックレスがあった。アクセサリーとか付けてるイメージがなくて、意外に思いつつ拾い上げ、気づいてない彼に渡そうとして――私は固まった。
 チェーンに、錆びかけた細くて小さなリング。今にも外れそうな、小さな小さな緑色のプラスチックが付いている。これって。
「……返せ」
 気づいた彼――ゾロが、顔を赤くしながら手を差し出してきた。その大きな手のひらに、呆然としたまま、ぎごちない動きでチェーンを乗せる。
 ゾロは、それを大切そうに手の中に収め、今度こそ部屋に入っていった。

「ナミー? どうかしたー?」

 彼の部屋と廊下を挟んだ向かい、くいなさんの部屋からノジコが呼ぶ。その声にハッとして、慌てて彼女たちの元へ戻る。
 私の様子がおかしいのに気づいたくいなさんが、どうしたの、と声をかけてくれた。
「……ゾロの持ってるネックレスって……」
 私の呟きに、ノジコがへえ、あいつそんなもん付けてたんだ、と感心し、くいなさんはなぜかため息をついた。
「あの子ったら、まだ持ってたのね」
「どういうこと、くいな?」
 ノジコの問いに、くいなさんは棚の奥から一冊のアルバムを取り出して、私たちに見せてくれた。
 開かれたページに貼られた写真の中、緑の髪の女の子と、特徴的な眉と髪形の男の子が仲良く写っている。
「……? くいな、あんた妹とかいたっけ?」
 ゾロと同じ髪色の、たぶん二〜三歳くらいの女の子。ノジコの疑問に、私も頷く。
 くいなさんは可笑しそうに笑った。ゾロよ、その子。彼女の言葉に、私とノジコは思わず顔を見合わせた。
 そしてくいなさんは、ゾロが幼い頃身体が弱かったこと、ご両親がくいなさんにと買った服をくいなさんが気に入らずゾロに押し付けていたこと、珍しい色の髪を、お母さんが切るのは勿体ないと伸ばさせていたことなどを教えてくれた。
「……てゆーか、この男の子のほう。サンジじゃない、ナミ?」
「え? ノジコ、ナミちゃん、サンジ君と知り合いなの?」
 くいなさんが驚いたように訊いてきて、私たちは同時に頷いて返した。
「小さい頃、近所に住んでたの。……ゾロの初恋の相手。あの指輪は、私たちが引っ越すとき、サンジ君がゾロにプレゼントしたものよ」
 サンジ君はきっと、ゾロのこと女の子だと思ってたんだろうし、今頃はもうゾロのことなんて忘れてるんだろうけど。そう言って、くいなさんはまたため息をついた。
 サンジ君っていうのは、ノジコと同級生だった人で、女癖が悪いというか、可愛い女の子や綺麗な女の人と見ると誰彼構わず愛想を振りまくような人だ。ノジコも、私も、ナンパのようなことを何度も言われている。
 彼のことを、15年以上も経った今でも、忘れられずにいるゾロ。私は唇を噛んだ。
 そして――そうよ。『今のサンジ君』と会えば、ゾロは目を覚ますかもしれない。小さな頃の初恋なんて美化されてて当然だし、そうでなくてもサンジ君のほうから引導を渡してくれれば。そう、思って。
 嫌な女だと自嘲しながら、私はゾロとサンジ君を、偶然を装って引き合わせることにしたのだ。

 

 

 強がるゾロの揺れる目に、私は胸が痛むのを感じた。
 それでも、これで何とかなると――ゾロを、私のほうに振り向かせることができると、そう思っていた。それなのに―――
 サンジ君の表情を見て、私は自分がとんでもない墓穴を掘ったことを知った。
 彼の戸惑った表情に嫌悪の色は欠片もなく、ゾロを見た瞬間から、彼ほどのフェミニストが、私も、隣のビビさえも目に入らなくなっていたのだ。

 

 

 

 

 サンジ君がゾロを追っていなくなると、私はビビに胸を借りて、少しだけ泣いた。
「ナミさんみたいな素敵なひと、きっとすぐにもっと相応しいひとが現れるわ」
 不器用に背を撫で、慰めてくれるビビの言葉も、今は胸に響かない。

 ゾロは、私の、初恋だった――――。

 

 

 

                              ――――END

 



杏様からのリク、ナミさん編です。
設定が細かいせいで、説明でほとんど終わってしまうのがなんとも(^^ゞ
いつまで引っ張るんだって話ですね、すみません(>_<)
ちなみにゾロのお父さんはミホ様で、お母さんはロビンたんです。
親バカ全開のミホ様VSサンジさんとか、書きたい。
…いつになるかとか、もう言えないけど(苦)
サンゾロベースと言いながら、ゾロでさえろくに出てこなくてすみません…
杏様、わがままで書かせてもらっといてこんな遅くて申し訳ないです(T_T)
'10.09.13up


 

 

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