イルカはひどく傷ついていて、「お願い」と潤んだ瞳を向けられて、拒めなかった。 もしも拒んでいたら、イルカは別の誰かのところへ行くのだろうかと、そう思ったら縋ってくる身体を引き剥がせなかった。 「……アスマさん」 ありがとうございました、と赤い目のまま微笑まれて、後戻りできない己の想いに、無理やり蓋をした。 その、笑顔のために。気づいたらイルカは、悪友のものになっていた。それも、イルカから告白して始まった交際だという。 『アスマさん、カカシ先生と親しそうだから』 照れたように笑いながら、いろいろ聞かせて欲しいと強請られたのは、そういえば彼らが付き合い始める少し前のことだった気がする。 面倒くせぇ、と言いながらも応えてやれば、ふわりと浮かぶ嬉しそうな笑み。 うまくいくといい。イルカがあんなふうに笑っていられるように。 そう、密かに祈っていた。
はじめにカカシが女を連れているのを見たのは、ふたりが付き合いだして一ヶ月も経たないころだった。 女にだらしないことは知っていたけれど、イルカを選んだのだから少しは改善されるだろうと思っていた。 ――――バカな期待だった。 このままイルカを捨てる気かと詰め寄れば、カカシは涼しい顔で、 『捨てなーいよ。あんなカワイイひと、もったいない。でもさ、たまには違う味も試してみなくちゃ、飽きちゃうデショ?』 お互いにね、と笑う。イルカのほうだってそうだろうと言わんばかりに。 思わず、その胸倉を掴んでいた。 『アイツをおまえの基準で計るな! アイツだけで満足できねえってんなら、アイツをさっさと解放しろ! さもなきゃ二度とこんな真似をするな!!』 カカシはアスマの剣幕に、見えている右目を少し見張り、そしてククッと低く笑った。 『アンタ、バカだね』 何を言われたか理解できず眉を寄せれば、カカシはそのまま『じゃね』と手を振って去っていってしまった。 イルカはすぐにカカシに自分以外の相手がいることに気づいた。 だが惚れた弱みとでも言うのか、一切カカシを責めることはしなかった。そんなふうに無理に押し込めた感情が、そのままでいられるわけもないのに。 そして案の定、何度かそんなことを繰り返したある日、ついにその感情が堰き止めきれなくなった。 イルカはアスマの胸で泣き崩れ、初めて『辛い』と心の内をさらした。それでも離したくないのだと、嫌われたくないのだと言って。 一度だけでいいから、忘れさせてと、哀願された。 拒むことなど、考えられなかった。
アイツがそれで笑えるようになるならと思った。だから抱いてやった。そうだ、それだけの――――はずだった。 違う、本当は。 そうやって自分に言い訳して、イルカのせいにしてまでも、 たった一度でいい。彼を抱きたかったのだ。 『アンタ、バカだね』 カカシの言葉が脳裏を過ぎる。 確かに大バカだ、もっと早く認めていればイルカを自分のものにして、あんな奴になど渡さなかったのに。 あんなふうに泣かすこともなかっただろうに。 まだ手に残る気がする、ぬくもり。それを一度ぎゅっと握りこんで、離す。 「……だから、面倒くせぇことはイヤなんだよ……」 煙草に火をつけながらもらした呟きは、我ながら情けない、まるで負け惜しみのよう。 アスマは目を閉じて、煙とともに溜め息を吐き出した。 本当に欲しいものなら、奪えばいいのだ。 柄ではない、判っているけれど。
アイツが笑っていられるなら、それでいい。 そう思う気持ちもまた、確かに紛れもない本心なのだった。
『SHURAN』様に捧げたアスイルです(一行加えましたが)。 ベースカカイルなので、正確にはアス→イル。 「このままだとカカシ先生が最低なままですが、 このあと何かの拍子にアスマ先生とイルカ先生の一夜の過ちを知ったカカシ先生が ものすごい嫉妬しまくって、これまでの自分を悔い改める…と フォローをしておきましょう。笑。」 投稿時のコメントより(笑) これもカカシ先生鬼畜気味(??)ですが、 もっとカカシ先生が鬼畜〜なアス→イルのネタもあり。 そのうちそれもUPしますね〜(果たして受け入れられるのか、それは) '04.12.06up
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