だれが逃げるか!



 最初から、機嫌は良さそうだった。少々、過ごしていたようなのも、気づいてはいた。
 適当に止めておけば良かったと思ったのは、すっかり夜も更けた頃。

「あー。ヤりてェ……」

 半ばまで酒を満たしたグラスを手に、テーブルに突っ伏したサンジが、酔いに回らなくなった舌で、唸るように言い出した。
 こちらは瓶に直接口を付けていたゾロが、彼が用意したつまみの小鉢に箸をつけつつ、聞き取れなかった呟きに首を傾げる。と、サンジががばっと顔を上げた。

「おめェは平気なのかよ? 前の島から、もう一ヶ月近く経つぜ。剣士サマはタマんねェの?」

 何を言い出すのかと思えば、シモの話だ。
 てめェも好きだなと、呆れた口調で言って、ゾロは酒を煽った。
 納得がいかない、というふうにこちらを睨んでいるサンジの目は、完全に座っている。どこをどう見ても、立派な酔っ払いだ。
 ラウンジで、ふたりきりで飲んでいた。
 ごく稀にだが、こういう時間を持つことがある。ケンカもなく、ただ、穏やかな気持ちで酒を酌み交わす。口にはしないが、この時間をゾロは気に入っていた。
 ――――なのに。
 ふと気づくと、いつの間にか席を離れていたサンジが、背後に立っていた。
 否、彼が立ち上がったことには気づいていた。が、水でも汲みに行ったか、それとも便所か、くらいに思っていたのだ。
 敵意や殺気は欠片も感じないが、やはり背後に立たれるのはいい気分はしない。ゾロは眉を寄せ、サンジを振り向こうとした。
 が、それは叶わなかった。
 サンジの腕が、ゾロを抱き締めたのだ。

「…………は?」

 何が起こったのか、理解できなかった。ポカンとしている間に、背中に衝撃を感じ、見開いた目に映ったのは船室の天井。ランプの灯りが、ちかちかと瞬いた。
 その灯りを、影が遮る。
 腰かけていた椅子から引きずり落とされ、身体の上に圧し掛かられているという状況を把握するのに、ずいぶんと長い時間を要した。
 呆然と見上げた先、サンジの深い色の瞳がつと細められた。乱暴な扱いをしておきながら、そこに浮かぶ笑みは、初めて見るくらいに――ナミやロビンに向けるそれ以上に柔らかい。

「……キレイな目ェ、してんな。俺がそこに映ってんのが、まるで罪のように思える――」

 あァ、酔ってんな、とゾロは思った。
 寝惚けたような、女でも口説き落とそうとしているような囁きは、低く甘い声音。昼日中、ナミやロビンに愛想を振りまいているときとは違う、『本気』が窺える。
 泥酔したサンジの目に、自分はどんな絶世の美女の姿で映っているのだろうか。

「俺が、触れたら――その瞳は、輝きを失っちまうのかな」

 大概にしとけと、殴り飛ばしてやれば良い。それは判っていた。一発ぶん殴ってやれば、このアホも目を覚ますだろう。自分が誰を組み敷いているかを知り、青褪めるかもしれない。
 その様を見てやるのも面白い、そう思って、投げ出されていた拳を握ったのだが。

「ゾロ」

 サンジの手のひらが頬を撫で、とろりとしたまなざしでゾロを見つめながら名を呼んだ途端、ふっと力が抜けた。
 こいつは、相手が誰なのかをきちんと判っている。
 欲のまま、それでもナミやロビンに無理強いすることはできないから――だから、俺を。
 そうだな、てめェは女大事のラブコックだからな。でも、だったら妙な口説き文句を俺なんかに使ってんじゃねェよ。処理に付き合えと、そう言いさえすりゃ、別に断ったりしねェのに。
 サンジの顔がそっと近づき、ゾロの唇の上にゆっくりと伏せられてくる。
 思わず身を引きかけたゾロを押さえ込んで、サンジが囁く。

「逃げないで」

 ――――だれがにげるか。

 はじめて他人と交わすくちづけは、噂に聞いたような甘さなどどこにもなく、ただ、タバコと酒の味だけがした。

 

 

 

 

      ――――END?

 



なりきり100Qのふたりの、初めて物語、だったりします。
プチオンリ合わせに書きかけて、纏まらなくなったもの。
8月に完結させて発行しようと思ってます。
オフ用の話をオンでUPするの、本当はあまり好きじゃないんですが…
(完売済みの本の内容をオンで、というのはいいんですけど)
ワンピでは、普通にやっちゃってるなァ、すでに。
まァ、予告どおり行かないことも多々あるしね!
でもこの話は、ちゃんと出したい。
'08.06.23up


 

 

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