届かない輝き



 深夜、喉が渇いてキッチンへ行くと、そこはまだ灯りがともっていた。
 ドアをそっと開ければ、この船の料理人がコンロに向かい、大鍋を掻き回している。

「……いつも、こんなに遅いの?」

 ドアを閉め、テーブルへと足を進めながら、集中している彼を驚かせないように静かに声をかける。
「あれェ、ロビンちゃんどうしたの? 眠れないのかい?」
 鍋に向けられていた真剣な目が、ロビンの声に振り返り、いつもの気の抜けた笑顔になる。
 それに笑みを返しつつ、
「少し、喉が渇いてしまって。お水いただけるかしら?」
「喜んでェ〜!」
 サンジは歌うように言うと、流れるような動きでコンロの火を消してグラスを取り、冷蔵庫から出した水を注ぐ。どうぞ、とテーブルに着いたロビンの前に差し出す。
 ありがとう、と受け取り、ロビンはグラスに口を付けた。
「コックさんは、いつもこんな遅くまでお仕事しているの?」
「え? あ、うん。でももうすぐ終るよ」
 愛想よく答えたサンジは、一瞬、ちらりとドアのほうを見遣った。おそらくは、今日の夜番。見張り台にいるのだろう剣士を。
 ロビンは頬杖をついてそんな彼を微笑ましく見ていたが、ふと、壁掛け時計に視線を移した。もう、間もなく日付が変わろうとしている。今日は、確か――。

「…………あ」

 思わず声を出してしまい、サンジが弾かれたようにロビンを見る。
「ど、どうしたの? ロビンちゃん」
「ごめんなさい。……今日、私の誕生日だったわ」
「え!?」
 今思い出した、と呟くと、サンジが過剰に反応した。
「え、今日!? マジでっ!? うわ、もう終わっちまうじゃねェか!」
 あァ俺としたことが、レディのバースデーを知らずにいたなんて! 一生の不覚だ!!――と大袈裟に嘆いてみせ、
「ごめんよロビンちゃん。お誕生日おめでとう。一日遅れになっちまうけど、明日は腕によりをかけたお祝いの料理を用意するからね!!」
 手を握らんばかりにしてそう言い募るサンジに、ロビンは少し困った様子で。
「あら、気にしなくていいのよ。私もたった今気付いたんだもの。……でもありがとう。楽しみにしてるわね」
「リクエストあったら受け付けるよ! 他にも何か、欲しいものとかあったら言って。キミのためならどんな高価な宝石だって手に入れてみせるよっ♥」
「まァ、素敵ね」
 ロビンはくすくすと笑い、サンジも笑う。
 しかし――――。
「……そうね、じゃあ。あなたの大切な翡翠をいただけるかしら」
 空になったグラスをテーブルに置き、肘をついた両手の指を組んで小首を傾げた。
 サンジは戸惑ったように、しかしそれでも笑みを面に貼り付けたまま、
「え、俺、宝石なんて持ってな――」
 そこまで言って、ロビンの視線が意味ありげにドアへと向けられたのに気づき、口を噤んだ。
「――…そ、れは。いくらロビンちゃんのお願いでも……」
「あら、一晩貸してくれるだけでもいいのだけど」
「いや、その」
「ケチね」
 ふふっ、と可笑しそうに笑って言うロビンに、サンジは苦笑で返す。
「意地悪だね、ロビンちゃん」
 ほんの少し恨めしげに零し、サンジはロビンが飲み干したグラスを片づけた。
 ロビンは立ち上がり、
「じゃあ、私はもう行くわね。ありがとう、コックさん。あなたも早く休んでね」
「うん。おやすみ、ロビンちゃん」
 おやすみなさい、と笑顔で返し、ロビンはドアを開け甲板へ出た。
 月明かりを浴びて淡く浮かび上がる緑を、見上げる。
 毅くて美しい、彼の大切な大切な翡翠。
 あまりにもあからさまにうろたえる彼のため、冗談に変えて見せたけれど、本当は。

「……少しだけ、本気だったわ」

 遠い輝きに、そっと手をかざしてみる。
 届くはずがないことなど、知っていたけれど。それでも。

 

 

 ほんのひとときでいいから、触れてみたかったのよ。

 

 

 

 

      ――――END

 



ハッピーバースデイ+5日(しかもギリ)!ロビンちゃん!!
マジごめん、本文はギリ間に合ってる感じなのがまた痛い(苦)
しかも全然祝えてないし。
サンゾロベースでロビンちゃんを絡ませるの、結構好き。
ゾロたんと絡めばロビゾロですが、
サンジさん相手になると、当然(?)サンロビです。
この話は、ロビ→ゾロですので。
ゾロたん、全然出てきてませんが!(死)
'08.02.11up


 

 

※ウィンドウを閉じてお戻りください※