おしおき



 いつものように甲板で居眠りしているゾロの元へ、ナミがやってきた。すぐに目を開けたゾロの前にしゃがみ込み、口を開く。

「実は私、明日誕生日なのよ」
「……。へェ」

 ナミの言葉に、何を言いようもなく気のない相槌を返せば、容赦ないゲンコツを食らった。

「痛ェな! 何しやがんだ!」
「うっさい! 何が『へェ』よ。他に何か言うことないの!?」
「……何言えってんだよ」

 ゾロはどつかれた頭を擦りながら、ムッと唇を尖らせた。誕生日は明日なのだから、今「おめでとう」を言うのはおかしい。
 ナミは半眼でゾロを見下ろした。

「あんた、どうせプレゼントなんか用意してないんでしょ。てゆーか、そもそも私が言うまで私の誕生日なんか知りもしなかったでしょ」

 ひんやりとしたまなざしが、周りの空気まで冷やす。気候は、春島の夏。じっとりと汗ばむくらいだというのに。
 ゾロが居心地悪そうに視線を泳がせるのを見て、ナミは溜め息をついた。普通の恋人なら、知らなかったこと、何も用意できなかったことへ謝罪のひとつもあるべきところだ。
 もっとも、ゾロと自分が、『普通の恋人』と言えるかは、甚だ疑問だが。

「……ま、いいわ。それより、次の島へは四日後には着くから、そしたらログが溜まるまで私とデートしなさい」

 ナミはゾロの両頬を手で挟み、ぐいと自分のほうへ向けさせにっこりと笑う。
 ゾロの目が、瞬いた。ぽかん、と口を開けた表情はあどけなくさえあり、ナミはあまりの可愛さにキスをしたくなった。
 まさか、真っ昼間、他のクルーたちもいる甲板で、そんなことはしないが。

「……ログ溜まるまでって……何日もかかるかもしんねェだろ」
「そうね。何日かかっても、よ」
「…………無理だろ」
「何よ。それくらいの無茶を聞いてくれなきゃ、プレゼント代わりとして成立しないでしょーが」
「何でだよ!」

 プレゼントなんてものは、贈る者の気持ちだろう。ゾロはそう思ったが、ナミには違うらしい。何で判んないのと、小馬鹿にした表情でゾロを見、キッパリと言い切る。

「お金のないあんたが、私にプレゼントできるものなんて、あんた自身しかないじゃない。お膳立ては私がするから、あんたは私の言うことを聞いてれば良いのよ」

 女王然とした傲慢そのものの言葉に、ゾロはもはや怒りも湧かず、脱力感に溜め息をついた。

 

 

 結局、その島でのログは二日で溜まるらしい。適度な休暇だ。
 ナミはうきうきとクルーたちに指示を出している。各々、完全に自由行動だと言って小遣いを渡し、「宿代込みよ」と念を押す。

「問題を起こしたらブッ殺すわよ。あと、お小遣い使い切っちゃっても追加は出ないからね。船はドックに預けるし、宿に泊まれなきゃ野宿よ」

 特にルフィ! と名指しされた船長は、むう、と頬を膨らまし、ウソップに肩を叩かれていた。どうやら、今回のルフィのお守役はウソップで決定らしい。
 ロビンとチョッパーは本屋を巡るつもりのようで、どんな本を探したいかなど楽しげに話している。サンジは、単独行動のようだ。
 ナミはサンジには余分に金を渡し、

「買い出しは、いつものようにサンジ君に一任するわ。よろしくね」
「お任せください、ナミさん♥」

 恭しく一礼するサンジに笑顔を向けたナミは、くるりとゾロを振り返った。
 にんまりと人の好くなさそうな笑みを浮かべた美少女航海士に、剣士は怯んで一歩後退った。

「あんたの分は、私と行動するんだから要らないわね。……用意してくるから、大人しく待ってなさいよ?」
「……酒は」
「買ってあげるわよ。イイコにしてたらね」

 子供扱いにムッとしつつも、女部屋へ向かうナミを言われたとおり大人しく待つ。どうせ、彼女に逆らえるわけがないのだ。
 戻ってきたナミは、少し大きめのバッグを下げていた。当然のように渡されたそれは、嵩があるだけでそれほど重量はなかった。多分、着替えだろう。ゾロからすれば一泊くらい必要ないと思うが、女にとっては違うらしい。
 ナミが支度している間に、他のクルーは出かけてしまっていた。ルフィとウソップは食べ歩き、ロビンとチョッパーは本探し、サンジはナンパ、と皆忙しいことだろう。

「さ、行くわよ」

 楽しげに言うナミに、ついていく。
 魔女だ鬼だと言いはするけれど、ゾロにとってナミはやはり大切な女だ。
 誕生日当日は、サンジのスペシャル料理(バースデー仕様)で皆盛り上がったが、ゾロは何もしてやれていない。ルフィ・ウソップ・チョッパーは歌って踊り、サンジとロビンは何かプレゼントを用意していた。
 この二日間を共に過ごすことがナミへのプレゼントとなるなら、多少のわがままを聞いてやってもいいと、そうゾロは思った。
 しかし、数十分後には、その考えを改めたくなっていた。

 

「……ナミ。お前、デートって……」
「お酒買ったでしょ。これだってちゃんとしたデートコースじゃない」

 今は昼間だ。
 なのに目の前には、比較的小奇麗な、けれど疑いようもなくソレと判る造りの、連れ込み宿。ここへ入ろうと、ナミは言うのだ。
 いや、さすがにコレはねェだろ。せめてもう少しあちこちまわったりして、夜になってから。そもそもこの手の宿じゃなくてもいいだろ。普通の探せよ、普通の。
 ゾロに反論する隙を与えることなく、ナミはさっさと入り口を入っていく。止める間もない。
 ゾロは慌てて、その後を追った。仕方ない。これはプレゼントだ。プレゼントというのは、相手を喜ばせたいという気持ちだ。
 部屋へ着くなり、シャワーへ追いやられた。いきなりかよ、と思うと何だか恥ずかしい。ヤることしか考えていない女と、戸惑う男。これでは立場が逆だ。今更だけれど。
 軽く汗を流す程度に浴びて出れば、ナミが買い込んだ酒の瓶を寄越してきた。

「これ飲んで、待ってなさい。寝たりしたらスッゴイことしちゃうわよ」

 およそ女が恋人に向ける脅し文句ではないと思ったが、ゾロは黙って頷いておいた。ナミはやるといったら必ずやる。そして彼女がスッゴイこと、と言うからには縛られるくらいじゃすまないだろう。
 一般的に、縛るのだって充分スゴイことだと気づかない辺り、ゾロも彼女の性癖にすっかり慣らされてしまっているようだった。

 

 女の風呂は長い。
 ゾロはベッドに腰かけてのんびり酒を飲んでいたが、ふと、ナミのバッグがサイドテーブルの下に無造作に置かれているのに気づいた。
 中身は着替えに化粧道具くらいだと思っていたのだが、それにしては大きくはないかと初めて思い至った。冬でもあるまいし、いくら何でも着替えごときでここまで嵩張るまい。ゾロは嫌な予感がした。
 バレたら殺されるかもしれないと恐れつつ、そっとバッグを開けてみる。
 そこには、見たこともない、けれど見るからに卑猥な小道具がいくつもと、得体の知れない液体が入った小瓶が詰められていた。
 ―――プレゼントって、俺自身って、あの女……っっ!
 恐怖に似た感情に駆られ、すぐさまここから逃げ出そうとベッド脇に立てかけていた刀を纏めて引っ掴んだ瞬間、シャワールームのドアが開いた。

「……どこへ行く気?」

 思わず硬直したゾロに、髪を拭きながら出てきたナミが、にっこりと笑う。
 それはまさに、魔女の笑みそのものだった。

「おしおきね」

 

 

 そしてゾロは二日間、プレゼントと称して『スッゴイこと』をフルコースでされまくることになったのだった――――。

 

 

 

 

      ――――END?

 



遅れてゴメン、ナミさん! ハピバ!!
気づけば、七夕ですねェ。四日も遅れちゃったよ…。
しかも、ブログで「ちょっとエロ入るかも」とか、大嘘ついた!(>_<)
つーか…うちのナミさん、お道具大好きすぎますね…(苦笑)
ま、ナミさんは攻めだから。
ナミゾロのゾロたんは、可哀想なオチが多い気がしますね。
これでも、ラブラブなんですよ。何されても逆らえない辺り。
'08.07.07up


 

 

※ウィンドウを閉じてお戻りください※