会いたくて
気付くと、彼の家が見える所まで来ていた。
ああ、またやってしまった――と、カカシは溜め息を吐きつつ頭を掻いた。
任務を終えた帰りであった。
春だと言うのに凍えるように冷たい夜気の中、カカシの足は自宅とはまったく別方向にある彼の家を目指していた。
温かい明かりの灯った、彼の家。
会いたい、と。
一旦止めた歩みを再び進める。
しかし、目の前まで来て、カカシは躊躇った。
彼――イルカとは、特別親しい間柄と言うわけではない。極偶に食事や晩酌を共にすることもあるが、友人と呼ぶにはまだ距離を感じる。
上忍相手だからと、未だに妙な硬さが残る相手の家へ夜更けに訪ねて行く理由など、どうして見つけられるだろう。
ドアをノックすれば、出てきた彼は酷く驚いた表情をするに違いない。
それでもきっと、すぐに笑顔に変わって、こう言うのだ。
『こんばんは、カカシ先生。どうかなさったんですか?』
アナタに会いたくなりまして――――言えるか、そんなこと!
いやあ、偶々近くを通りかかったもんで――――どうやって通りかかるんだよ、ウチと逆方向だぞ!?
ナルト達のことで少し話したいことがあるんです。これから付き合ってもらえますか?――――こんな夜遅くに、不自然だろ! 第一余計な心配させるじゃないか!
いくつかの応答パターンを考えては、端から否定する。
そもそも、イルカの住まいをカカシが知っていることからして不自然だ。不審がられるに決まっている。
実はアナタのことが好きで、ストーカー紛いのことをしてましたなんて――そんなこと、言えるわけがない。
第一、ここで巧い口実を思いついたとしても。
彼の笑顔を目の当たりにしてしまえば、自分はきっと何も言うことができなくなる。
顔の中央を一文字に走る傷跡以外、どこといって特徴的なところのない、平凡な中忍。どこからどう見ても『男』で、女性的な部分など一切ない。可愛いとか綺麗とか、そんな言葉もまったく当て嵌まらない。
それなのに彼の笑顔には、不思議な魔力があった。
本気の恋愛など面倒なだけ、といい加減な付き合いしかしてこなかったカカシを、一目で惹きつけてしまったほどの。
イルカの存在を知るまでは。
イルカと出会うまでは。
誰にも捕われず、自由で。独りで生きていくのだと、それが一番気楽なのだと、そう思っていたのに。
独りの夜に耐え切れず、彼を食事に誘う。上忍の誘いを断れないだけなのか、それとも心から喜んでくれているのか――いつでも笑顔で応えてくれる彼と離れがたく、更に居酒屋へと引っ張っていき。
――――そうしてみても、結局帰るのは独りの暗い部屋で。
連日女の所へ入り浸ってみたが、満たされるどころかますます逼迫した餓えを自覚することになった。
誰か、ではダメなのだと。
イルカ以外に、この餓えを満たすことなどできはしないのだと。
渇き切った砂漠で水を求めるように、彼だけを自分は欲しているのだと――――判ったところで、どうしようもない。
あのひとは、自分などが手を伸ばしても決して届かない、遠い遠いひと。
寂しいよ、イルカ先生。
幼い頃でさえ、感じたことのなかった孤独感。大切な人たちを失くした時にも、こんなふうには感じなかったというのに。
ただ、届かないあのひとを想うだけで、こんなにも。
――帰ろう。
カカシはついにドアを叩くことなく、踵を返した。
と、
「どうして帰っちゃうんですか?」
ガチャリという音と共に内からドアが開いて、愛しくて遠いひとが、どこか憮然とした表情でカカシを見上げてきた。
「………ど、して」
ようやくの思いで押し出した声は、見っとも無いほど掠れていた。
イルカは呆然としているカカシを部屋に招き入れると、今お茶淹れますから、と台所へと入っていく。
「カカシ先生、気配全然消してなかったじゃないですか。気付かない方がどうかしてます」
俺、これでも中忍なんですよ。
促されるまま座り込んだカカシの前に湯呑みを置きながら、イルカは何でもないことのようにそう言った。
ここの至って、カカシはやっと我に返った。腰を落ち着けたばかりだと言うのに、湯呑みを取ることもないまま立ち上がる。
「帰ります」
「どうしてですか」
酷く冷静な目で、声で、イルカが問う。カカシは言葉に詰まった。
愛しくて、眩しくて、欲しくて欲しくて堪らないひと。
――――アナタを奪ってしまうから、などと言えるはずもない。口にすればその瞬間、彼の全てを失う。
例え友人にさえなれなくても――今のこの関係を、彼から寄せられる信頼を、壊してしまいたくはなかった。
けれど、そう願う一方で、いっそ、と思う心もあって。
どうしても届かないと言うなら、無理にでも引き摺り下ろしてしまえ、と。
手の届く所にまで堕とし、二度と戻れないように羽根を引き千切り、鎖で縛り付けて。
傷付けたくはないのに、それはカカシにとってこの上もなく甘美な想像だった。醒めれば、どうしようもない自己嫌悪に陥るだけなのだけれど。
傍にいたい、けれどこのままは辛いから。
何より、いつ自分の箍が外れ、凶暴な欲が解き放たれるか知れない以上。
カカシは俯き、切り裂かれたかの如く痛む胸を押さえた。
ああ、痛いなぁ。痛いです、イルカ先生。どうしよう、どうしたらいい?
それでも。
「アナタが好きです」
アナタを傷付けないためにも、俺たちはこれ以上関わり合うべきじゃないんです。
――――――end?
…end、なのですが。
続くかもしれません。てかここで終わるか自分…(死刑)
くっつく前の二人。ヘンにプラトニック。
カカシ先生の葛藤が、書いてて楽しかったデス。
本当は、そのまま帰っちゃうはずだったんですが、
イルカ先生出したくてついこんなコトに(笑)
テーマ曲(笑)は、谷山浩子の同タイトルの曲。
…可愛スギ?(爆)
'03.04.28up
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