たったひとり

〜4〜



 任務帰り、報告書を提出に行くと、待合のソファに座っていたカカシに声をかけられた。
 イタチの術から生還して数日。彼もまた、任務を終えたところだったらしい。だが、偶然かと思ったイルカを、カカシが否定した。
「そろそろ戻られるって聞いて、待ってました」
「……俺を……ですか?」
 戸惑うイルカに、カカシは見えている右目を細めて笑った。

 

 

 カカシが目覚めなくなって、サスケまでもが同じ術にかかり倒れたと聞き、任務をこなしながらもイルカは毎日気が休まるときがなかった。
 元教え子のサスケが心配なのは当然だったが、それ以上に。
 このまま、想いも告げないまま、カカシが逝ってしまったらどうしたらいいのだろうと。
 互いに忍び。まして、カカシは上忍だ。"死"は常に身近なものだった。でもそれでも、アスマに言ったように、彼を想うことは止められないから。
 せめて、いつ何があったとしても悔やんだりしないよう、たとえ報われなくとも告げるだけならばと、そう決意した矢先のことだった。
 ナルトを伴い、三忍のひとりである自来也が同じ三忍である綱手を探しに出かけていってからは、更にナルトの心配までが加わり、ますます精神は疲弊していった。
 数日前ようやくナルトたちが綱手を連れて戻り、カカシとサスケが目覚めたと聞いたときには、安堵のあまりその場に崩れそうになったほどだ。
 そしてその頃には、一度は固めたはずの決意が揺らぎかけていた。もう何でもいいから、生きていてさえくれればいいと。
 それからいちども顔を見かけることさえないまま、今日に至る。

 

 

 食事でも一緒にどうですか、と。
 誘われるままに肩を並べ歩きながら、不意にカカシがイルカを呼んだ。
「イルカ先生」
「は……はいっ」
 想いを寄せるひととの思いがけず降ってわいたひとときに緊張していたイルカは、弾かれたように身を固くして上ずった声を上げた。
 アスマから、カカシが早速Aランク任務に発ったらしいと聞いてはいた。が、こうして行き会えて、しかも誘ってもらえるだなんて思わなかった。
 ――――チャンスじゃないか。
 今なら言える。どうせもうこの先、こんなふうに顔を合わせる機会なんて、めったにないだろう。振られたって、気まずい思いをしなくてもすむんだから。
 その覆面の下の素顔も知らない。だけど最初から、キレイなひとだと思っていた。
 ずっと好きだった。この、気持ちを。
 笑わずに聞いてくれたら、もうそれだけでいいから。
 イルカはすぅっと息を吸い込んだ。そして、俯けていた顔をまっすぐ上げ、名を呼んだ。
「カカシ先生ッ……」
 だが意を決した呼びかけは、カカシの言葉に遮られた。

「好きです」

 ぽつり、と。たったひとこと。
 思いもかけなかった言葉に、イルカはポカンとしてカカシを見上げた。
 カカシはイルカを見てはいなくて、ただ前を向いていて。足も止めていなかったから、イルカは数歩、カカシを見送ることになってしまった。
「………え、あの……?」
 聞き間違いかと、では何と言ったのだろうと困惑しながらその背を見つめていると、彼はぴたりと歩みを止め。
 ゆっくりと、イルカを振り返った。
 真摯なまなざし。いつの間にか、口布が下りている。はじめて見る素顔。左目はまだ、額当てに覆われたままだけれど。
 何度か想像してみたことがある、それ以上に整った容貌に、イルカは赤くなった。眠そうにみえる目も、こうして見ればやわらかい印象を与えていて、魅力的だ。女にもてるのも頷ける。こんなにキレイなひと、そこらにいない。
 ぼうっとしているうち、カカシはイルカのすぐ前まで戻ってきていた。ハッと気づけば、手甲を外されたおおきな手のひらが頬を包み込んでいて。
 ドクン、心臓が跳ね上がった。
「カ……っ」
「アナタが、好きです」
「…………嘘」
 繰り返された言葉に呆然としながら、無意識にそう呟いていた。
 するとカカシは、ふと悲しげな表情になって。
「どうしても、アスマじゃなければダメですか。俺では、アナタの特別にはなれない……?」
 イルカはぱちぱちと目を瞬かせた。カカシの言う意味が判らなかったのだ。
「アスマさん……?」
「付き合っているんじゃないんですか?」
 逆に問われて、一瞬声を失う。
 何を言っているんだろう、このひとは。イルカにとって、確かにアスマは特別なひとだ。でも、それは。
「あの……アスマさんは、兄さんみたいなひとで……、付き合ったりとか、してません」
 真っ赤になって頭を振ると、カカシは驚いた様子で目を瞠り、「本当ですか」とどこか呆然とした口調で訊ねてくる。
 それに、誤解されたくなくて今度は縦に何度も頭を振る。
「カ、カカシ先生こそ……本当ですか。俺なんかのこと……だってアナタは、いつもきれいな女のひとといて………」
 だんだんと尻すぼみに声が小さくなっていく。だがカカシは、「関係ないです」ときっぱり言った。
「あんなの。アナタの代わりにもならない。俺が欲しいのは、たったひとり。アナタだけです。それより――――」
 どこか焦れたように、イルカの肩を掴んで。

「アスマと、付き合っていないというなら。応えてください。俺のこと、どう思っているのか……」

 揺れる瞳に映る想いびとの表情はどこまでも真剣で、とてもからかっているふうには見えない。もちろん、彼がそんなひとではないことくらい、知っているけれど。
 ならば。
 これ以上、どこにこの想いを押し隠す理由があるというのだろう。
 イルカはぎゅっと目を瞑り、ひと呼吸置いてからゆっくりとくちを開いた。

 

 

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ごごごごめんなさい〜〜〜!!
もう一回続いちゃいます(>_<)
イルカ先生サイドの三人称。
でもやっぱカカシ先生サイドのラストがほしかったので。
しかもらぶらぶオチにするには、これに続けるとちょっと長すぎるし。
次こそ最後です。
キリリクのくせに長引いて済みませんっっ
'05.06.13up


 

 

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