遠くにいても…



「桜乃、桜乃ォ! 聞いた!? リョーマ様が、アメリカ行っちゃうって……!!」

 ――――ホントはショックだったのよ。当たり前でしょ? だって大好きなひとと(そりゃ、片想いだけどさ)離れ離れになっちゃうんだもの。
 だけど。
「うん、すごいね、リョーマくんてやっぱり」
「なによぉ、そんな落ち着いてる場合!?」
「だって、ね。朋ちゃん、わたし」
 リョーマくんが遠くに行っちゃうのは寂しいけど、ちょっとだけ判る気がするの。
 そう、微笑んで言う親友に、「何が」と問えば、彼女はすこし遠くを見るような、眩しそうな目をした。
「わたしなんか、まだ全然、リョーマくんの足元にも及ばないけど。『世界』っていうおおきな舞台に立って、自分の力を試したいっていう気持ち――――」
 私も、テニスプレーヤーだから、と桜乃は言った。
 だからあたしは。
「そっ……そーよね! リョーマ様だもんね! 日本は狭すぎるわよ! リョーマ様ファンクラブ会長として、あたしも鼻が高いわ!!」
 アハハハッ、とわざと明るく笑い飛ばして見せた。
 そうするしか、できなかった。
 だって、桜乃には判るリョーマ様の気持ちが、あたしには判らないなんて、そんなの悔しい!
 それに、そうよ、いつかはこういうときがくるって、考えてみれば当然なんだわ。リョーマ様はホントにすごいんだもの。世界が放っておくはずなんてないのよ。ただちょっと、ちょっとだけ早すぎて、あたしったらうろたえちゃったのね。
「日本から、せーいっぱいリョーマ様を応援するわよ!!」
 最初から手の届かない、あのひとはあたしの王子様。
 でもあたしは、お姫様にはとうていなれっこないんだから。
 ちゃんとこくはくもできなかったけど、それでいーのよね。だってこれはきっと、ただの憧れなんだもの――――。

 

 ほんの短い時間。
 あたしはいつも以上にはしゃいで、リョーマ様に付きまとった。
「アメリカ行ったら、リョーマ様あっとゆー間にスターよ! ファンクラブだってできちゃうかもだわ! でも、あたしがファンクラブ会長兼会員第一号なんだから! こっちが元祖よ! アメリカ人には負けないんだから!!」
「……小坂田」
「え、なーに? リョーマ様!」
 勢いに任せて自分でもよく判らないことをしゃべりまくっていたあたしに、リョーマ様が呼びかけてきた。
 リョーマ様、ちょっとイライラしてるみたいに、あたしに何か言おうとしてる。何だか判らないけど、聞きたくないこと言われたらやだから、あたしは気づかないふりをした。
 そしたら、「別に」ってそっぽ向いてそのまま行ってしまった。
 うるさすぎたかな? でももうちょっとの間なんだから我慢してよね。
 桜乃が隣でオロオロしてる。きっと桜乃には、あたしがムリしてるのなんてバレバレだよね。でも認めちゃったらメチャメチャになりそうで、だからあたしは「怒られちゃった☆」なんて笑ってみせる。
 困ったみたいに笑い返す桜乃。心配かけてごめん。でも。

 

 当日、青学のみんなといっしょに空港までお見送り。
「しっかり頑張って来いよ」
 大石先輩の声。リョーマ様、「ウィッス」なんて返してる。
 あたしは。
 あたしは……。
 何も言えなくて、遅れてきた桜乃の陰に隠れた。さっきおくった声援が、せいいっぱい。もう、これ以上笑えないよ。最後にリョーマ様の顔、ちゃんと見たいのに。
「朋ちゃん、いいの? リョーマくん、行っちゃうよ……?」
「桜乃ォ、あたし……」
 ぎゅう、と桜乃の服にしがみつく。もう限界だ。泣きそう。
「ホントはやだったの。リョーマ様がアメリカに行っちゃうなんて、そんなのイヤ! 行かないでって、言いたい! そんなこと、あたし、言える立場じゃないのに……!」

「…………そういうこと、もっと早く言ってくんない」

 イキナリ聞こえた声にびっくりして顔を上げたら、もう行っちゃったはずのリョーマ様が桜乃の向こうに立ってた。
「ぅえ……っ? な、なんで……」
 呆然として呟くあたしに、リョーマ様は時計を見上げてムッとした顔をした。
「あーもう。時間ないじゃん。続きは戻ってきたとき聞くから、それまでに覚悟決めといてよね」
 そう言って、リョーマ様は今度こそ搭乗口のほうへ向かっていった。
 あたしはそれを、ぼーっと見送った。涙なんて、もう乾いちゃってる。だって。
 ねえ、リョーマ様。
 迷惑じゃなかった? あたしのワガママ。続きを聞いてくれるってことは、好きって……言っちゃっても、いいの?
 よかったね、朋ちゃん、なんて桜乃があたしの肩を抱く。あたしは。
「戻ってきたときって……いつ?」
 そんなことをぼーっとしたまま呟いていた。

 

「何でこんな早く戻ってきちゃうのよぅ!?」
 堀尾たちから聞いたとき、あたしは思わずそう声を上げた。リョーマ様ったら、全米オープンの予選が終わった途端(多分一時的だけど)日本に帰ってきちゃったのよ!
 寂しさを耐えながら、リョーマ様の活躍を(乙女らしく)毎日毎晩お祈りしてたあたし。
 でも、だから全然心の準備なんかできてないよォ!!
 今さっき、リョーマ様は手塚先輩との試合を終えたとこで、青学レギュラーのみんなに囲まれちゃってる。
 感動的な試合だったわ。桜乃なんか涙ぐんでた。だけど、だけど!
 先輩たちの輪の真ん中、リョーマ様がこっちを見て、しっかり目が合っちゃった。その途端、リョーマ様が意地悪そうに笑ったから、あたし、自分でも判るくらい顔を真っ赤にした。いますぐ逃げ出したい。
「ちょっとスミマセン」とか言いながら、先輩たちを押しのけてこっちへ向かってくるリョーマ様。
 待って、待って。ダメ、顔赤いの治んない!
 助けを求めようとしたら、桜乃ってば芝さんとお話しながら、あたしのほうへにっこり笑って「頑張って」と手を振ってきた。
「さくのォ!」
「小坂田」
 あたしの悲鳴と、リョーマ様の声が重なる。……うえーん、逃げらんないよう!
「……俺に言うこと、あるんじゃない」
「ぅ、う……お、おかえりなさいリョーマ様……」
「うんただいま。で?」
 うわーん、ごまかされてくんない。まっすぐ見ないで、意識しちゃって恥ずかしいよ……っ。
 あたしは仕方なく、覚悟を決めた。こーゆーのは注射とかと一緒よ。言っちゃえばどってことないもんなのよ! ファイト、あたし!!

「リョーマ様、好きですっ!」

 えいっ、と勢いをつけて言った。何か怒鳴るみたいになっちゃって、お世辞にも可愛い告白じゃなかったけど、これがあたしのせいいっぱいだよリョーマ様。
 ぎゅうっと目を瞑ってリョーマ様の言葉を待ってたら、いきなり抱きしめられた。
 ぎゃー!! みんな見てるよリョーマ様ッ!!
 あわあわしてたら、リョーマ様の声が耳のすぐそばで聞こえた。サンキュ、って。なんかもうそれ聞いたら、わーっていろんな気持ちが暴れ出して止まんなくなった。心臓はバクバクだし、死んじゃうんじゃないかってくらい。

「……今回は、ちょっと戻ってきただけだから」
「うん」
「すぐ、向こうへ行っちゃうけど」
「うん」
「で、今度はしばらく――――当分戻ってこないと思うけど」
「……うん」

 後ろのほうで、菊丸先輩や桃先輩が「告白タイムかー!?」「おチビやるー♪」なんてからかってきてたけど、すぐに静かになった。
 あとから桜乃に聞いた話だと、大石先輩と河村先輩がみんなを連れて行ってくれて、ついでに菊丸先輩と桃先輩は不二先輩にラケットのグリップで「デリカシーがない!」って頭を叩かれてたらしい。
 でもこのときのあたしたちは、お互いしか見えてなくって。

「でも、必ず戻ってくるから。……俺のこと、待ってて欲しい」

 リョーマ様の言葉に、あたしはリョーマ様の胸でボロボロ涙をこぼした。
「うん、うん……! リョーマ様」
 そうしてリョーマ様は、あたしが泣き止むまでそのまま抱き締めててくれたんだけど。
 あたしがやっと落ち着いたら、急に溜め息をついて。
「あーでも心配。アンタってけっこうミーハーなんだもん」
 そんなことを何かしみじみ言われて、あたしはムッとした。
「しっ、失礼しちゃう! あたしはずーっとリョーマ様ひとすじですッ!」
 ぷいっとそっぽを向いて言う。そうしながらもチラッとリョーマ様を見たら、リョーマ様は初めて見るようなやさしい顔で笑って。
 あたしのほっぺたを両手で包んでリョーマ様のほうを向かせて、おでことおでこをコツンてぶつけた。
 思わず目を瞑ったら、唇に一瞬だけやわらかい感触。
 初めてのキスにぽうっとなってるあたしに、リョーマ様はそうっと囁いた。

「うん、じゃあ。……俺ひとすじでちゃんと待っててよ?」

 あたしは何度もうなずいて、リョーマ様の背中にまわした手でぎゅうっとしがみついた。

 

 

おわり

 



みどり様からリクエストいただきました。
web拍手のメッセージから頂いたんですが、
最初はどうしようかと思いましたよ…
何しろ、リクの説明文が長い!!(>_<)
そのまんま書いてくと説明ばっかになっちゃうので、
私なりの書き方で表現させていただきました…///
本来なら前後編にするような話ですが、
企画リクで続き物はイヤだったので、無理やり1本にしました。
みどり様、リクありがとうございました。
こんなんなりましたが、いかがですか?(汗)
とりあえずどうぞお納めくださいませm(__)m
'05.07.25up


 

 

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