三角形のバランス



「あれっ。伊作くーん!」

 補充用のトイレットペーパーを両腕いっぱいに抱えて門の前を通りかかったら、ほうきを手に掃除をしていた小松田に声をかけられた。
「あ……、こんにちは、小松田さん」
 足を止め振り返った伊作は、うっすらと染まった頬で挨拶をした。それに、小松田も慌てたように「こんにちは」と返す。
「保健委員のお仕事かい? ご苦労様。伊作くん、いつも偉いねー」
 たかだか1才くらいしか違わないというのに、子供に対するように「えらい、えらい」と褒める。
 実際、『不運委員』の委員長である伊作にだって、忍者としての実力はまるで敵わないだろうと思われるのに。
 他の忍たま―――特に上級生―――ならば、彼にこんなふうに言われたりすれば、口には出さなくとも多少なりと嫌な気持ちになるだろう。だが、伊作だけはそんなふうには思わない。
 すこしだけ照れたように微笑う伊作は、とても綺麗で。
 多分そんな伊作の気持ちに気づかないのは、まだまだオコサマな下級生たちと、そして当の小松田くらいであろう。
「うーん、でも大変そうだねー。手伝おうか?」
「えっ!? い、いえ、小松田さんお掃除中だし、ぼくひとりで大丈夫ですからっ」
「掃除はさっき終わったとこ〜」
 突然の申し出にうろたえる伊作に、小松田はポイッと竹ぼうきを放り出した。そして、「ほら、半分かして」と伊作に向かって手を伸ばす。
 放られたほうきを気にしつつも―――きっとあとで吉野先生に怒られてしまうのではないかと―――、それでもやはり想いを寄せる相手に親切にされて嬉しくないわけはなく。
 抱えていたトイレットペーパーを半分ほど、差し出された両手に渡そうとした。が。
 ふたりの間をものすごい勢いで何かが通り過ぎ、気づいたときには手渡されようとしていたぶんのトイレットペーパーが消えていた。

「あれー。七松くん?」
「小平太っ!?」

 きょとんとする小松田と、驚いた声を上げる伊作。
 奪い取ったペーパーをお手玉のように放り上げながら、呼ばれた小平太はにっこりと笑う。
「小松田さんは別の仕事があるでしょう。おれが手伝ってやるよ、いさっくん」
「そっかぁ、七松くんがいっしょなら大丈夫だね。じゃあ、伊作くん、頑張ってねー」
 小平太が言うのを聞いてさっさと手を引っ込めた小松田に、さらにその手をひらひらと振られてしまい、伊作は引きつった笑みを返すしかなかった。
 にこにこと手を振って見送る小松田に会釈してから背を向け、並んで歩きながら、隣を行く小平太を伊作が睨む。
「………小平太」
「おれ、いさっくんが小松田さんのこと好きとは聞いたけど、協力してなんて言われてないもんね。それに、おれだって好きなひとといっしょにいたいし?」
 恨めしそうに名を呼ばれた小平太は肩をすくめて言い、伊作はハッとして視線を落とした。

 

 小平太に「好き」と言われたのは、ほんの数日前のことだ。
 知らないうちに小松田のことを好きになってしまっていた、と打ち明けたら、抱き締められ想いを告げられた。
 気まずくなるのが嫌だと思った伊作のワガママに、小平太はそれでも笑ってくれて。
 ずっと傍にいると、うなずいてくれた。
 でも伊作が自分を好きになってくれるように頑張るから、そう言って。

 

 忘れていたわけじゃない。だが普段の小平太が、あまりにも変わらないから。
 鈍感で、伊作の気持ちになんて欠片も気づいてくれない小松田。彼のそういうところが好きで、ドジなところも放っておけないのだけれど。
 時々。
 不意にこんなふうに想われているのだと自覚させられたりすると、ドキドキしてしまって困る。
 小平太は、小松田の代わりなんかじゃない。それなのに。

 頬を染めてうつむく伊作を、小平太は笑みを浮かべて見つめる。
 脈がまったくないわけじゃないと想う。多少強引に押せば、案外簡単におちてきそうでも、ある。実際、もともと小平太はどちらかと言うと、ぐいぐい押していくタイプだ。
 ――――だけど。
「なー伊作。伊作って結構おれのこと好きだろ? 早く小松田さんなんかヤメて、おれんとこくればいーのにー」
「ば、バッカじゃないの!?」
 両手が塞がっているので代わりにぺたりと身を寄せれば、肘で押しやられる。
 いつもは「いさっくん」と愛称で呼ぶ小平太が「伊作」と呼ぶと、伊作は急に恥ずかしくなるらしい。いまも、邪険にしてみせながら、その顔は真っ赤だ。それを見られないためか、足を速めて先へ行ってしまう。

「あー待ってよ、いさっくん!」
「うるさいっ」
「いさっくーん」
「何!?」
「………大好きだよ♥」
「っ……わかってるよっっ」

 やけ気味な答えに、小平太は笑った。

 

 

 一方、ふたりを見送った小松田は。

「…………あれ? 何だろう……」

 チクンと痛んだ胸を押さえて、ひとり首を傾げていた。

 

 いまはまだ、当の本人さえも気づいていない、想いの欠片。
 三角形のバランスをおおきく崩すそれは、もうしばらくの間は小松田の中に沈んだままでいるようだ……。

 

 

おわり

 



City Girl様からリクエストいただきました。
『勝負の行方』の続きです。
進展してるやらしてないやら(^_^;)
この人たち、多分しばらくはこんな感じですよ…。
決着つくときが、果たしてくるかな??
こへはいい男だから勿体無いし、でもなあ…。
とりあえず、リクありがとうございました。
どうぞお納めくださいませm(__)m
'05.06.06up


 

 

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