ダブルデート



 初恋の相手が、変わり果てた姿で目の前に現れたら、どうする?

 

 

 それは、半年かけてようやくデートに応じてくれたサークルの後輩と、遊園地に行った時のこと。
 ジェットコースターの列に並ぼうとして、偶然鉢合わせた。向こうも、二人で。
 嫌になるのは、見る影もないほど変わり果ててしまった『初恋の相手』を、それでも一目で判ってしまったことだ。


 俺の初恋は、早かった。
 五歳の時、近所にすごくかわいい子が住んでいた。その子のお姉さんが俺と幼稚園で同じクラスで、一緒に遊んだことが何回かあった。
 お姉さんはやっぱり可愛いけど気が強くて男勝りで、当時の俺はちょっと苦手だった。今なら絶対そんなこと思わないけど。
 その子は珍しい緑色の髪を肩ぐらいまで無造作に伸ばした、無口でおとなしい子だった。病気がちで、よく草花を摘んでは見舞いに行ったのを覚えてる。自分のことを「ろろ」と舌足らずに呼んで、俺のことは「しゃんじにいちゃん」って慕ってくれてた。
 本当にすごく、すごくかわいくて、なのにその子の家が遠くへ引っ越すことになって。
 俺は、その子にオモチャの指輪を渡して、プロポーズした。
「ぜったいいつか会いに行くから、大きくなったらおれのおよめさんになって」
 自分で言うのも何だが、本当にませたガキだったのだ。
『ろろ』ちゃんは、おおきな目に涙をいっぱいに溜めながらも、一所懸命泣くのを我慢していて、俺が差し出した指輪を大事そうに受け取り頷いてくれた。2歳年下の『ろろ』ちゃんは、当時3歳だ。どこまで意味が判っていたのか、今となってみれば疑問だが。
「ろろ、まってる。やくそく」
 小さくて柔らかい小指を俺に向けて突き出し、指切りを求めてきた。
 かわいらしくも切ない初恋。

 だけど別れてすぐに、俺は衝撃の真実を知ることとなった。


 オレンジの髪の可愛らしい女性は、知り合いだった。彼女のお姉さまが、俺の高校時代の同級生なのだ。ちなみに当然、お姉さまもかなりの美人である。彼女も俺に気付き、「あら」なんてびっくりした顔をしている。
 その、隣に。
 背の高い、緑髪の――男。
 あァ、なんてこった。そう、かわいいかわいい『ろろ』ちゃんは、本当の名は『ゾロ』と言い、れっきとした男! だったのだ。
 オレンジ髪の美女――ナミさんが、ちらりと隣を見遣る。意味ありげな視線。
 本当なら、「ひどいよナミさん、俺が何回誘っても頷いてくれなかったのに、何でこんな奴とデートなんか!!」くらいは言いたかった。俺の隣にいるビビちゃんがナミさんのお友達でなければ。ナミさんの隣にいるのがゾロでなければ。だけど――――。
 ゾロ、と自分を呼べなかったあの頃の面影なんか微塵もない。何かふてぶてしい感じだし、図体はでかいし、悔しいが結構イイ男だし。
 それなのに、俺がこいつが間違いなくあの『ろろ』ちゃんだと一目で判ってしまった。珍しい髪の色だから、だけではなく。
「……ちょっとゾロ。いいの?」
 謎の発言をするナミさんに、ゾロは腕組みをし、ふんぞり返って偉そうに言い放った。
「浮気は男の甲斐性、一度や二度は許してやれと母ちゃんも姉ちゃんも言ってたからな。気にしちゃいねェよ」
「ですってよ、サンジ君。よかったわね」
「…………は?」
 ナミさんに肩を叩かれて、間抜けた声で返してしまった俺に、罪はないはずだ。
 確か、俺とこいつは15年ぶりくらいの再会なわけで。
 ………………『浮気』って、何。
 混乱している俺と、困惑しているビビちゃんを尻目に、ゾロは何やらナミさんに告げて、くるりと踵を返して行ってしまった。
 ナミさんと、ビビちゃん。ずいぶんと豪華な両手に花で、嬉しい状況のはずだけど――何これ。
 遠ざかってくあいつの背中のほうが、気になって仕方ない。
「――あーあ。あんなこと言って強がっちゃって。あれでも傷ついてんのよ、婚約者が他の娘とデートしてるんですもんねェ」
「ナミさん……もしかして、わざと彼をここに?」
 どう頑張っても人の悪そうな、としか表現できない笑顔のナミさんに、ビビちゃんが問いかける。
 返ったのは、俺に対する冷ややかな笑みだ。
「あいつのお姉さんと私の姉が同じ大学で、仲良くなったのよ。あいつってば、オモチャの指輪なんか未だに大事そうに持ってるの。かわいいわよねえ?」
「!!」
 俺は、ビビちゃんを勢いよく振り返った。
「ビビちゃん! ごめん、俺――」
「私のことは気にしないで彼を追いかけて、サンジさん」
「ビビなら大丈夫よ、デートの続きは私とするから♪」
 優しいビビちゃんとナミさんの好意に甘えて、俺はゾロの後を追って駆け出した。
 ナミさんの言葉の意味は、俺にとって初恋の思い出でしかなかった約束が、あいつにとってはそうではなかったということ。
 本当に、あの時の言葉どおり、俺のことを信じてずっと待っていてくれたということ。
 5歳の俺はあいつを女の子だと思っていて。
 勘違いしたままプロポーズしたんだけど。
 でも、女の子が大好きで、男となんかあり得ねェって、今でも思ってるけど、じゃああいつは絶対『ない』かって言われたら――答えはNOだ。
 あいつなら、『ろろ』ちゃんなら、どっちだって。


 遊園地を出てすぐのところで、ゾロを捕まえた。ゾロは驚いた表情をして、それから気まずそうに顔を逸らした。気にしてない、と言ったのが嘘だって証拠だ。
「ろろちゃん……なんだな」
「ゾロだ。もう、ろろじゃねェ。あれから剣道始めて、身体だって強くなったし、女に間違われることもなくなった。だから……お前があんな約束忘れてたってなら、別にもう、」
「……なァ。指輪、返してくれねェかな」
「!」
 俺の言葉にびくっとして、ゾロは胸元をつかんだ。襟の大きく開いたニット、そこに細いチェーンが見えているのは気づいてた。指輪はそこか。正直者め。
 針金みてェなちゃちいリングに、緑のプラスチックが付いた奴だ。当時の俺には高価なものだったけど、落としたらプラスチックが取れてしまいそうな、安っぽいおもちゃの指輪。
 そんなものを、奪われまいとするように隠すゾロが、とんでもなくかわいく見えた。か弱く可憐だったろろちゃんとは似ても似つかない、ごつい野郎なのに、無性に愛しく思えてしまった。

「そんなんじゃなくて。ちゃんと本物、やるから」

 今は、この国では男同士で結婚できないことくらい知ってるけど。
 まだ再会して間もなくて、お互いのこと何にも知らない状態だけど。

 

 

 今度、ナミさんビビちゃんと、ダブルデートでもしてみようか?

 

 

 

                              ――――END

 



杏様からリクエストいただきました。
以前知りあっていたサンゾロの再会シーン、とのこと。
…たぶん、こういうのを求められたわけではないかと…(苦)
幼児好きなんか、私。
つか、ゾロ可愛すぎやしないかい(爆)
何気にナミビビだったり。
そして、ちょっと長かったかな…(当社比)
杏様、リクありがとうございました。
こんなではありますが、どうぞお納めくださいませm(__)m
'10.04.19up


 

 

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