きっと



 3才年下のいとこは、いつもいつも俺の後をくっついてまわっていた。
 おにいちゃんおにいちゃんと懐いていて、とても可愛かった。緑のふわふわの髪、おおきな瞳、ちいさなちいさないとこ。
 当時6歳になったばかりだった俺は、可愛いいとこのことが大好きで、大人になったらきっとお嫁さんにもらおうと思っていた。たった3歳のいとこに実際にプロポーズして、指きりまでした。
 たぶん、というか絶対によく判っていなかっただろういとこは、それでも可愛らしくにっこりと笑って、嬉しそうに俺の小指にちいさな小指を絡ませてきた。
 くすぐったくて、しあわせな記憶だ。

 

「はァ? ンなもん、覚えてるわけあるかよ」
 俺の話に、呆れたような声で応えたのは、ちいさくて可愛かったいとこだ。
 あれから15年が経ち、俺は大学生、いとこは今年高校3年生になった。背もぐんぐん伸びてもう俺とほとんど変わらないし、8歳のときから始めた剣道のおかげで体格ではすでに俺を追い越している。
 あの頃は男か女か判らないくらいで、俺なんかはしっかりバッチリ勘違いしていたというのに、今じゃどこからどー見ても立派な男だ。
 なのに困ったことに、俺の気持ちは15年経った今でも変わらない。そして。
「つれねェこと言うなよ。俺ァ今だって、お前を嫁にしてェって思ってんぜ?」
「…………嫁とか言うな」
 赤くなって拗ねたように呟くいとこも、気持ちは同じで。俺たちは、1年前から正式に恋人としてお付き合いをしている。
 告ったのは、もちろん俺から。
 そのときもいとこは、今みたいに顔を真っ赤にして、キツイまなざしを伏せて。「俺も」と短く応えたのだ。
 そのときのいとこのクソ可愛さときたら、危うくその場で押し倒しちまうところだった。ま、実行してたとしたら、次の瞬間にはぶっ飛ばされてただろうけどな。
「……それより。お前、今日バイト入ってんじゃねェのかよ。ジイさんにまた蹴り飛ばされんじゃねェの」
「ぅおッ、やべェ! んじゃ行ってくるぜ。お前も気をつけてガッコ行けよ、ゾロ」
「おう。……行ってらっしゃい」
 早朝からジジイのレストランでバイトをする俺を、俺の作った朝飯を食いながら送り出すいとこ。
 この、夫婦っぽいやりとりが、俺にとってどんだけしあわせか判ってる?
 すっかり図体のでかくなっちまったお前が、俺にとっては今でも可愛くて可愛くてたまらないなんてこと、きっとちっとも判っちゃいねェんだろう。
 お前が、一人暮らしを始めた俺んとこへ、ガッコが近いからなんて理由であっても転がり込んでくれたとき、俺がどんだけ嬉しかったか。

 きっときっと、俺の気持ちの半分も、お前は判ってない。
 だけど。

「あいしてるぜ、ゾロ」
「バーカ!」

 冗談めかした俺の言葉に笑うお前は、間違いなく俺に惚れてるだろう?

 

 

* * * * * *

 

 

 あの頃のお前は可愛かった。女の子みたいだった。短ェのも良いけど、また髪伸ばせばいいのに。絶対ェ、似合うと思うんだけどなァ。
 3才年上のいとこは、時々そんなふうに昔の話をする。
 剣道を始めるまではちいさくてひょろくて、母親の趣味で髪を長くしてたから、確かに当時はよく女に間違われた。目の前のいとこもそうで、俺が3才のときにプロポーズなんぞやらかしたらしい。
 俺は覚えてねェが、母親同士が今でも笑い話のネタにするので知っている。あんたが本当に女の子だったらねェ、などと何度母にからかわれたか。奴の勘違いは、てめェのせいでもあるだろうが。
 しかし、ガキの頃の刷り込みというのは恐ろしいもので、現在、俺といとこはいわゆる恋人づきあいというものをしている。
 奴は中学から高校まで、ひっきりなしに女を替えていた。家も近所で、ずっと一緒だったから知っている。俺からすればどうかと思うくらいの女好きだ。  その時々は真剣なのだがうまくいかず、すぐに振られてしまうのだと、よく泣きつかれた。あちこちに調子のいいことを言って回ってるからだろうと思ったが、それについては奴の勝手と言わずにいた。
 いつまでも覚えてもないようなガキの頃のことを引きずっているのは自分だけなのだと、俺はとうに諦めの気持ちでいた。
 それなのに、1年前、急にだ。

「やっぱダメだ。俺、お前が好きでたまんねェ」

 ――――なんて卑怯な男だろう。
 俺は抗うすべもなく、見つめてくる深い色の瞳から逃れることが精一杯で。一生言うはずのなかった想いを、口にさせられた。
 さすがに、付き合いだして3日目に押し倒されたときには戸惑ったが、それでも結局受け入れてしまうほどには、俺は奴を。
 きっと俺の、男でありながら女の立場に立たされることへの葛藤も何も、奴は知りもしないだろう。
 本当はいまだに抵抗があって、それでも奴が離れていってしまうことが怖くて拒めずにいることも。
 回数を重ねるごとに慣れて、快楽を得るようになった自身の浅ましい身体を、どこをどう見ても男のものでしかない身体を、奴がどう思っているかと考えるだけでどうにかなりそうなことも。

 

「他所事、考えんなよ……」
 いとこが囁いて、耳にくちづけてくる。去年の俺の誕生日とクリスマスと、それになぜかバレンタインにひとつずつ贈られたピアス。計3つの雫型のそれが揺れる左の耳を、舐めて、ゆるく歯を立てる。
「……サンジ……っ」
 同時に深く飲み込まされたものに奥を突かれて、俺は思わず上がりそうになったみっともない声の代わり、奴の名を呼んだ。
 滲んだ視界の中、奴が満足げに目を細めた。
「俺、えっちのとき、ゾロに名前呼んでもらうの好き。お前って、わけ判んないくらい悦くなると俺の名前しか言わなくなんの、知ってた?」
「……っなの、知らね……っ」
「ふふ。かーわいーな、ゾロ♥」
 とろけそうな声で、呼ばれて。しがみついた腕に力を込める。
 俺は可愛くなんてねェ。可愛かったのは、ちいせェときの俺だろ? いつまで夢見てんだよ、女が好きなくせに。
 俺のこと、どーせ女だと思ってたくせに。
「…………いーかげん、信じてくれてもいいのにね?」
 いとこは溜め息混じりに言い、端の巻いた変な眉尻を下げ、情けなく笑った。
 そうして優しく――うっかり信じてしまいそうになるほど優しくくちづけながら、その合間に甘く囁きかけてくる。

「あいしてるよ、ゾロ」
「――――バカ」

 不覚にも涙が出そうになって、いつものように悪態を吐くことで誤魔化した。

 

 きっと俺の気持ちなんて、奴にはお見通しなのだろうけれど。

 

 

 

                              ――――END

 



えっ終わり!?みたいな声が聞こえてきそうですね…(死)
流様からリクエストいただきました。
サンゾロでパラレルSS、とのことでしたが…。
『従兄弟』って、また微妙な(苦)。
擦れ違ってるみたいですけど、一応ちゃんと両想いでらぶです(汗)
でも何かホント微妙になってしまったので、いずれリベンジを!
流様、リクエストをありがとうございました。
遅くなってしまってすみません(>_<)
こんなではありますが、どうぞお納めくださいませm(__)m
'09.06.01up


 

 

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