いとしき勇敢なる君



 気持ちのよい天気の午後。
 おやつまでの時間、転寝をしかけていたゾロを、ナミが叩き起こした。ゾロの腰をまたぐ形で仁王立ちしている。
「あんた一応女なんだから。甲板で寝るの、やめなさいよ」
 呆れたようなナミを見上げ、ゾロは眠たそうに目をこすった。
「そうだぞゾロ、ナミがもうすぐ冬島海域だって言ってた。毛布も着てないなんて、風邪ひくよ」
 チョッパーも頷き、ナミの隣から覗き込んでくる。そんなにやわじゃねェよと返せば、「いいから部屋で寝ろ!」と口を揃えて叱りつけられた。
 今はまだ春島の海域にあって、心地よいまさに昼寝日和だ。海も荒れていないこんな日に外での昼寝を楽しめないなんて、とゾロは不満げに頬を膨らませる。
 と、傍らで工場を開いていたウソップまでが笑って言った。
「諦めろ、ゾロ。ナミとチョッパーに組まれちゃ、勝てやしねェよ。お前は女だし、ちっとは気遣われとけって」
「……女だって、あたしはそんなひ弱じゃねェ」
 ますますムッとして、ゾロの目が据わる。
 パラソルの下で優雅に読書をしていたロビンが、くすくすと笑う。
「剣士さんの気持ちは判るけれど、分が悪いみたいね。確かにだんだん冷えてきているし、せめて上着を着たらどうかしら」
 私のコートなら貸せるわよ、と言われて、上着くらいあるッ、と思わず返した。
 女性としては充分長身な部類に入るゾロだが、それでもロビンよりは劣ってしまう。背が高ければ強くなれるというものではないが、彼女から借りた服の丈が長すぎるという現実は、何となく屈辱なのだ。
 それに、上着なら前の島で料理人がやたらとはしゃいで選んだものがある。デートがどうのと言っていたのは気に食わないが、軽くて着心地のよいコートだ。密かにゾロも気に入り、着るのを楽しみにしていた。
 気づいたらしい女ふたりが顔を見合わせ、意味ありげに笑う。
「っんだよ!」
 かっとなって怒鳴れば、船首にいた船長までが「何してんだ〜?」と話に加わってきた。
 ナミが肩をすくめ、
「ゾロに惚気られちゃった」
「何も言ってねェだろっ!!」
「何だゾロ、サンジとちゅーでもしたか?」
「してねェっっ!!」
 的を外したようで、そうでもないルフィの言葉に、ゾロは真っ赤になって怒鳴った。
 こいつら結局みんな暇なんだな、それであたしをからかってやがるんだ。
 きっと彼らの思惑どおりにムキになってしまう自分を、修行が足りねェ、とゾロは思った。

 

 

 

「昼間、何か楽しそうだったな。みんなして、何話してたの?」
 要らないと言っているのに高価そうなグラスに酒を注がれ、手の込んだ肴を用意されて。それでも美味なそれを素直に喜ぶことができずむすっと口へ運ぶゾロ。
 そんな彼女をとろけそうな表情で見つめるサンジが、ふとそう問う。
 ゾロは嫌そうに顔をしかめた。
「よってたかって、あたしを女扱いして遊んでやがったんだよ」
「女扱いって……ゾロは女の子でしょ。また変なことで拗ねてんの?」
「変じゃねェ。あたしは強いんだから、女みてェに気遣うなっていつも言ってんだろ」
 どんどん下降していくゾロの機嫌に気づき、サンジは困ったように巻いた眉を下げた。
 ゾロにとって女扱い、イコール弱者扱いなのだ。女でありながら世界一を目指す彼女は、普通の女のように優しくされたり守られたりすることを善しとしない。
 いつもこの件でサンジは、彼女を怒らせ傷つけてしまう。
 サンジとしては、一人の男として、愛する一人の女性を大切にしたい、それだけなのに。差し伸べる手は、いつだって乱暴に振り払われる。
 それでもこうして、鍛錬後の時間を共に過ごすことを許されている、それだけでサンジには充分で。
 色恋に疎い、どころかそんなもの目に入らないのだろう彼女相手では、急いだところで意味がないことも、ちゃんと判っていた。無駄に警戒を強くさせ、せっかく少しずつ縮めた距離がまた遠くなるだけである。
 だから。

「そうだな、おまえは強いよ。それはこの船のクルー全員がちゃんと知ってるよ」
 にっこりと微笑み、テーブルの上で握り拳を作る手を、しっかりとした大きな、それでいて紛れもなく『女性』であるその手を、そっと包み込んだ。驚いて反射的に引きかけるのを、少しだけ力をこめて引き止め、
「だからね、ゾロ。……みんながゾロを心配するのは、ゾロが女の子だからじゃなくて――みんなが、ゾロのこと大好きだからだよ」
 もちろん、俺もね? そう付け加え、いとしいひとの、いずれは世界の頂点に立つであろう剣士の硬い指先へ、そうっとくちづけた。
 真っ赤になって振り解こうとする力に、今度は抗わず、解放してやる。
 馬鹿じゃねェの、毒吐く声でさえ、サンジには甘い。

 

 

 いつか。
 彼女が野望を叶えたとき。
 その瞬間を見届けたサンジは、きっともう堪えたりはしないだろう。

 あいしていると告げたなら、ゾロは何と応えるだろうか。
 今のように突き放すのか、それとも。


「ね……、ゾロ?」
「…………?」

 

 

 

                              ――――END

 



MACO様からリクエストいただきました。
女ゾロがみんなに愛される話、という内容でした。
SSの『無茶を言う』みたいな雰囲気で…とのことで、
ありがたく女ゾロを書かせていただきました!
ていうか、『愛されゾロ』というより
『大人なサンジさん』に力入れてしまった気が(汗)
すみません、夢見がちなサンジスキーで(苦笑)
MACO様、リクありがとうございました。
こんなではありますが、どうぞお納めくださいませm(__)m
'09.03.30up


 

 

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