ふたりじめ。



 幼馴染の少女に呼ばれ、彼女の家を訪ねると、そこには見慣れぬ男の姿があった。
 あの気の強い女にもついに男ができたかと、紹介でもされるかと思ったゾロだったが、少女は豪快に笑い飛ばした。
「あんた、噂とか疎いもんね、知らないか。料理部部長のサンジ君よ」
 あんたとは違う意味で有名人なのよ、と少女が言う。
「こないだ、ビビに頼まれてウチのみかんを差し入れしたの。そしたらお礼にって、みかんを使ったデザート作ってくれることになってね」
 ビビというのは、少女――ナミの親友だ。そういえば料理部に所属していると聞いたことがある気がする。
 ナミの家ではみかんを栽培していて、ナミはそのみかんが自慢だった。当然ゾロもお裾分けをよくもらうのだが、確かに他で買ったりしたものよりも美味いように思える。
「サンジ君のデザートは絶品ってビビに聞いてるから、すごく楽しみにしてるの。ゾロも甘いの好きだったでしょ?」
 一緒にいただきましょう、そう言うナミに、ゾロは戸惑いつつも頷く。
 ナミの家のキッチンで、エプロンを着けシャツを袖まくりしてボウルを抱えていた男が、にこりと笑う。金色の前髪を片側だけ鬱陶しく伸ばした、変な髪形。見えているほうの目はどこか眠そうな一重瞼で、目尻がやや下がり気味、奇妙な形の眉がゾロの目を引いた。
 一言で、『目立つ奴』だった。ゾロ自身、そしてナミもまた、目立つ髪の色をしていたが。
「じゃあ、私たちはリビングにいるから。よろしくね、サンジ君」
「お任せあれ! ナミさんのため、とびっきりのデザートを作るよほ〜」
 ナミが笑いかけると、先の穏やかな表情が何かの間違いのように、はしゃいで浮かれきった声を上げ、だらしなく相好を崩した。
 何だ、やっぱナミ目当てか。引きつつも、ゾロは納得した。鈍い鈍いとナミからからかわれるゾロだが、ナミがモテることくらいは知っている。またどうせ、貢がせるだけ貢がせてあっさり捨てるのだろうか。扱いやすそうな男ではあるが。
 さっさとリビングへ引っ込むナミを見送り、ゾロは何となくサンジと呼ばれた男の作業を見ていた。ナミが姿を消した途端、その目が真剣なものに変わったことに、興味を引かれたのだ。
 ゾロはダイニングテーブルに着き、サンジがデザートを作る様子を眺めた。サンジが何をしているのか、ゾロにはまったく判らない。けれど、流れるようなその動きは、美しいとさえ思った。
 丸い器を冷蔵庫に入れたところで、サンジがようやくゾロを振り返る。
「何か用か?」
「いや。……慣れたもんだな」
「まァな。……俺、パティシエ目指してっから」
 パティシエ、というのが菓子職人であることくらいは、ゾロにも判った。へえ、と感心した声を上げるゾロを、サンジがじっと見つめた。
 なんだ、と今度はゾロが問う。
「ゾロ……ロロノア・ゾロだろ、あんた。剣道部部長の。……ナミさんと、付き合ってんのか?」
「まさか。ただの腐れ縁だ」
 ゾロは笑った。よく訊かれることだった。ナミが親しげなのを、勝手に勘違いして敵視してくる男の多いことと言ったら。こいつもやっぱりそうかと、可笑しかったのだ。
 しかしサンジは、ゾロの答えを聞くと、そう、と呟き、徐に着けていたエプロンを外した。
「何だ、できたのか」
「あとはデコレーションだけ。……なァ」
「あ?」
「ナミさんと付き合ってんじゃねェなら……俺にも分はあるよな?」
「……は?」
 何を言われたか、判らなかった。何の分だ、と眉を顰めて訊けば、サンジはふっと笑んだ。最初に向けてきたのとも、ナミへ向けたのとも違う笑い方で。
 ゾロが訳も判らず危機感を覚え、椅子から立ち上がりかけると、サンジは不安定な体勢のゾロに足払いをかけてきた。
 ガタン、と大きな音と共に椅子ごと倒れ、尻餅をついたゾロが「何しやがるっ」と睨みつけた先、サンジはにっこりと笑った。
「あんた、誤解してんだろ、ゾロ。……俺が狙ってんのはナミさんじゃない。あんたのほうだよ」
「はぁあ!?」
 思ってもみなかったサンジの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
 何言ってんだこいつ。俺を狙うって何だ。今日初めて会ったのに。いやでも、こいつは俺を知っていた――――。
 パニックに陥るゾロの腰を跨ぎ、サンジが圧し掛かってくる。近づいてくる、笑みを浮かべたままの顔。
 そこへ。

 

「……結構、手が早いのね、サンジ君」

 

 ナミだ。リビングから続くドアを開け、こちらを見ている。
 助かった、とゾロは思った。情けない話だけれど、男に組み敷かれているこの状況から逃げ出せるのなら、どんなに見っとも無かろうがもう何でもいい。
 しかし、ゾロの思いはいともあっさりと裏切られた。
 ナミはニィ、と笑って、顔だけを覗かせていたドアからキッチンへと入ってきた。
「私も混ざっていい?」
「もっちろん! ナミさんなら大歓迎だよ〜」
「っ何言ってんだッてめェ!!」
 とんでもないことを言い出したナミと、何でもないことのように返すサンジに驚き、ゾロが喚く。
 ナミは床で縺れ合っているふたりに近づきながら、
「大体あんたは鈍いのよ、ゾロ。サンジ君だけじゃなくて――私だってあんたを狙ってたこと、全然気づいてなかったでしょ」
「今までだってきっと、あんたを狙ってた奴はいたはずだぜ? 無防備すぎんだよあんた」
 言いつつ、サンジがゾロの両手を押さえ込んでくる。
 ナミが頭の上にまわりこみ、逆さにゾロを見下ろした。その手が、ゾロの頬から顎を包み込む。

 だれか。
 ゾロは思う。
 だれでもいい、このふたりを何とかしてくれ!

 しかし、この場にゾロを助ける第三者など現れようもなく。

 

「好きだった、ずっと」
「私もよ。私なんて十年モノよ」
「だからって、独り占めはよくねェよ、ナミさん」
「あら、じゃあ」

 

 

「ふたりじめ、しちゃお」

 

 

 二人の悪魔が笑う。
 ゾロは気が遠くなるのを感じながら、俺の意思はどうなる――と虚しい抗議を叫んだ……。

 

 

 

                              ――――END

 



みのり様からリクエストいただきました。
ナミゾロorサン+ナミ×ゾロで、パラレルとのことでしたが、
ナミさんとゾロが幼馴染み、という設定はすぐ浮かびました。
一応、高校生という設定です。
どの世界でも、やっぱり奪い合うより共有、らしいです。
実は仲良しさんなんです、サンジさんとナミさん(笑)
みのり様、リクありがとうございました。
少しでもご期待に副えるものになっているでしょうか…(^^ゞ こんなではありますが、どうぞお納めくださいませm(__)m
'09.03.23up


 

 

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