ウィーク・ポイント



 恋人らしいデートがしたい。菊丸は常々、そう思っていた。
 だけど彼の恋人は、とんでもないテニス馬鹿で、ふたりで出かけると言えばテニスコートか互いの家。
 もちろん、大好きな恋人といられれば、菊丸は大満足だし、菊丸自身もテニス好きなのは変わりないので良いといえば良いのだけど。たまには、恋人らしくロマンチックなデートをしてみたい。
 そう思って、クラスの女子たちにさりげなくリサーチしたところ、話題の映画を教えてくれた。
 映画。そういえばふたりで観に行ったことなんてない。
「菊丸くん、誰と行くのー?」
「なーいしょっ」
 えーズルイ〜とか、あたしと行こうよ〜なんて言ってくる女子たちにありがとねっと全開笑顔を返して。
 今日さっそく誘ってみようと、菊丸は思った。

 

 

「ねぇねぇ手塚っ。今度部活お休みにするんだよね? 映画いこー映画!」
「……映画?」
 部活後の部室でそう誘いをかけると、大好きな恋人こと手塚が、眼鏡の奥の目を不審げに眇めた。
 そこらの一年坊主なら、ゴメンナサイっと叫んで逃げ出しそうな鋭い目線にも、菊丸はまったく怯まずにこにこと笑う。
「そ、映画! ねー行こうよっ。面白いのやってるらしいよ〜確かねェ……」
 タイトルを挙げれば、一緒に着替えていた部員たちの一人・不二が「それ、知ってる」と反応してきた。
「僕も女の子に誘われたよ。結構話題らしいね。一度は観とくのもいーかもね」
「へぇ〜不二先輩もおススメっスか! こりゃー観とかなきゃいけねーな、いけねーよ」
「って桃、一緒に行く相手いんのぉ?」
「ひとりで行っても楽しくないんじゃないかな」
「うっわ、英二先輩、不二先輩もひでーっスよ〜」
 話に乗ってきた桃城と三人でそんなふうに盛り上がっている間に、手塚は着替えを終えてしまっていた。
 大石に肘で突かれてそれに気づき、菊丸は慌てて呼び止めた。
「ちょっ、待ってよ手塚ぁ! ねーいーじゃん、ホラ不二だって勧めてる映画だよ? 観てみて損はないって絶対! ねったら……手塚〜」
 大急ぎで自身も着替え、バッグを引っ掴んで、部室を出ようとする手塚を追う。
 ドアが閉まると、置いてきぼりを食った不二と桃城が顔を見合わせて笑い、大石は、どうせ手塚が折れるんだろうなと小さくため息をついた。

 

 

 

 大石の予想通り、手塚が折れる形で、ふたりは映画に行くことになった。
 菊丸はうきうきと手塚を引き連れて映画館へ向かった。本当に手を引きたいところだったのだが、さすがにそれは拒まれたのだ。
 それでもうきうき感は変わらない。
 何しろデートの定番・映画鑑賞だ。初めての恋人らしいデートコースなのだ。これではしゃぐなと言うほうが無理だと、菊丸は思う。
 チケットを買って、パンフレットと飲み物も買って。ホールに入り席に着くと、始まるまでの間にパンフレットを開く。
 手塚はどうでもよさげだったが、菊丸は手塚の肩や腕を軽く叩きながら、あらすじの説明をした。菊丸も本当は、内容は正直どうでもよかった。ふたりで映画、というシチュエーションこそが大事なのである。
 だから、いざ映画が始まってしまうと、ものの五分で菊丸は飽きてしまった。
 元々、菊丸はアニメやアクション物のほうが好きだ。こういう、女の子が好きそうなラブロマンスにはあまり興味がないのだった。
 それでも強引に誘った手前、せめて居眠りはしないようにと頑張った。
 展開はベタだったり予想外だったり、入り込むほどではないが思ったよりは楽しめた。ヒロインの夫役が、少しだけ手塚に似ているように感じた、そのせいかもしれない。
 クライマックスではそれなりに感動もした。あくまでも、それなり、だったが。
 エンディングを迎え、場内が明るくなると、客たちがざわめきながら次々に席を立つ。菊丸も、大きく伸びをして立ち上がった。
 が、隣に座っている手塚は、ピクリとも動こうとしない。気づかずに移動しかけた菊丸だったが、振り返って首を傾げた。
「……手塚? どったの」
 終わったよ、と声をかけるが、手塚はうつむいたまま。
 まさかあの手塚が、いくら興味がないからといって菊丸でもあるまいに居眠りをしていたわけでもないだろうと、その顔を覗き込み――菊丸は絶句した。
 眼鏡の奥の切れ長のきれいな目、その縁が真っ赤だ。
「え、うそ、手塚……こーゆーの入っちゃうタイプ?」
「っ……違っ」
 慌てた様子で顔を背けるけれど、もう遅い。
 その赤くなった手塚をぽーっと見て「かわいい」と漏らした菊丸は、手塚の肘を腹部に食らって呻き、その場に蹲った。

 

 

 ホールの外で、同じくデートに来ていたらしい後輩の越前に、手塚のことを無言で口止めしておいて。
 まだ目が赤い手塚をあちこち連れまわしたくなくて、自分の家に誘う。
 実は大好きな恋人の泣き顔に結構キていた菊丸は、珍しく家人が一人残らず留守であるのをいいことに、部屋へ連れ込むなり彼をラグの上に引き倒した。
 不意をつかれた手塚が、悲鳴じみた声を上げる。
「ひ、昼間からっ……何を考えているんだっ菊丸!」
「てづかがカワイー顔するからでしょーっ」
 ガマン限界! 無理!! と叫んで、抗議をしかける唇を噛み付く勢いでふさいでしまう。眼鏡がぶつかってずれたのが気になるのか、手塚が目を眇める。
 肩を押し返してくる力は、しかしやがて、添えられるだけのささやかな抵抗になっていく。
 菊丸はくちづけを止めると、大きな目を細めた。
「は……っ、あ」
 喘ぐように息をつき、手塚の手がぱたりと力なく脇に落ちる。
 きっちりと一番上までボタンを留めたシャツに手をかけながら、菊丸が雄の顔で舌なめずりをする。手塚がわずか、怯えたように顎をそらし身を引いた。
 その、反らされたすっきりとした首筋に、唇を滑らせれば、手塚がひくりと身を震わせ、声を噛み殺そうと口元に手を宛がう。
 きつく瞑られた目、長い睫毛が露を帯びて、ぞくぞくするほど色っぽい。
 菊丸はにんまりと笑った。
「手塚があーゆーの弱いって知らなかったにゃ〜。女子にまた、おススメ訊いてみよーっと。……あ、でも可愛い手塚の泣き顔、他の人に見せたくないから、今度はDVD借りてきて家で観よ?」
「泣いてないッ」
 むきになって言う手塚から眼鏡を取り上げた菊丸は、先とは違う涙を滲ませ始めた手塚の目尻にキスを落とし、「ハイハイ」と幼子を宥める口調で言い、恋人の機嫌をさらに損ねてしまうのだった。

 

 

 

                              ――――END

 



上沼様からリクエストいただきました。
前回の企画で上沼様よりリクいただいた『DATE』の菊塚サイド。
菊塚単品の話って、すげー久々に書きました。
楽しかったですけど、手塚の書きにくさに苦労しました…
なんか、手塚じゃないっぽくなってしまい、反省です(凹)
でも頑張りました! 微エロが微か過ぎて、アレですが。
上沼様、今回もリクありがとうございました。
こんなではありますが、どうぞお納めくださいませm(__)m
'09.03.23up


 

 

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