天然恋愛エキスパート

 

 最初の最初から大変だった。

 何しろそんな言葉を口にすること自体、跡部には相当な覚悟が要ったというのに、相手ときたら『そのもの、ズバリ』なその言葉でさえ意味をきちんと理解してくれなかったらしく、あさってな返事をくれたのだ。
 曰く。
「そうか、ありがとう」
 ――――――好きだ、付き合ってくれ。そう言った答えが「ありがとう」というのはどういうことだ。
 跡部としてみれば決死の思いでした告白なのに、跡部は想い人の反応にすぐには続く言葉を見つけられなかった。
 YESともNOとも言わぬまま、想い人―――手塚は、そのまま跡部に背を向けてしまった。話が終わったのならもう用はない、とでも言うように。
 あまりのことに跡部は呆然としてしまって、らしくないことだったが、手塚を引き止めることもできずただその後ろ姿を見送ってしまったのだった。
 もちろん、翌日にはサイド青学の門の前で待ち伏せ、チームメイトと共に歩いてきた手塚を有無を言わさずその場から連れ去った。
「手塚、テメェ、この俺様の告白をシカトとはどういうつもりだっ!」
 近くの公園へと引きずって行き、丸一日溜め込んだ怒りをぶちまける。
 シカト、の意味がすぐには判らなかったようで、しばし考え込んだ手塚は、次には怪訝な表情をして見せた。
「……ちゃんと応えただろう?」
 いつ、誰が! と声を荒げる跡部に対し、憎らしいほど冷静そのものの手塚が眉を寄せ、僅かに首を傾げた。
「ありがとう、と。……ただ俺は、付き合うというのが具体的にどうするものか判らないから………やはり一緒に帰ったりしたほうが良かったのか?」
 でも学校も違うし、家も近くないし、難しくはないか? と。
 思ってもみなかった手塚の言葉に、跡部は呆気に取られた。
 何だそれは。つまり―――「ありがとう」イコール「喜んでお付き合いします」ということだったのか? だがそれにしてはこの手塚の態度は、あまりにも。
「……お前……俺が好きなのか?」
 我ながら間の抜けた質問だったが、こんなに何でもないような顔をされては訊きたくもなるというものだ。一人で騒ぎ立てている自分が馬鹿のようではないか。
 ところがそう訊いた途端、跡部の心臓は危うく止まりかけた。
「あ、当たり前だ。でなきゃ、誰が付き合うと言うんだ!」
 先までのつれないとさえ思える無表情が崩れて、頬を染めた手塚がきっ、と跡部を睨みつけてそう言い放ったのだ。
 つられたように自らも顔を赤らめた跡部は、その日はそのまま手塚を彼の家まで送り、車を呼んで、どこかぼんやりとした頭のまま帰った。
 風呂に入っている時にようやく、青学の門の近くに樺地を待たせたままだったことを思い出す。
 急いで携帯を鳴らせば、案の定律儀な彼は一時間以上経っているにも拘らずまだ同じ場所で待っていた。
 謝罪もせずに「もう帰ってもいいぞ」とだけ言えば、彼はいつものように「ウス」と応えた。
 こんな形で、手塚との『お付き合い』は始まったのである。

 

 

 そうして、所謂初デートに漕ぎ着けた今日。
 お互い大切な時期なのだから部活動を優先させるべきだ、と主張する手塚が跡部の予定に合せなどということをするはずもなく、跡部の方が休みを合わせた。その為に部活をサボったことはもちろん、手塚には内緒だ。
 約束の時間までは、あと5分ほどある。が、手塚のことだ、既に待ち合わせ場所に着いているに違いない。
 あまり早くに行ったのではまるで楽しみにしていたようで―――確かにその通りなのだが―――悔しいので、目的地の少し手前で態と歩調を落とす。
 と言って、遅れては手塚の機嫌を損ねてしまう。1分前くらいに着くのがちょうどいいだろう。
 そんなふうに思っていた跡部だったが、待ち合わせ場所である駅前の時計の前に佇む姿を見止めるなり、思わず駆け出してしまった。
 手塚は、一人ではなかったのである。
 もちろん、誰かを引き連れて来たというふうではない。いくら手塚が鈍かろうと、デートが通常二人きりでするものだというくらいの知識はあるだろう。
 手塚に話し掛けているのは、明らかにナンパ目的と思われる軽薄そうな男が二人。
「ねえ、今から俺たちとさ……、いいだろ?」
 聞こえてきた馴れ馴れしい口調に、良いわけあるかと切れかける。困惑の表情ながらも生真面目に男たちの話を聞いている手塚にも腹が立つ。
 大股で彼らに近づき、いきなり手塚の腕をぐいっと引っ張った。
「来い!!」
 それだけ行って、突然のことにポカンと間抜け面を曝す男たちには一瞥もくれず、手塚の腕を掴んだまま足早にその場を去る。
 ほとんど走っているようなスピードに手塚が足を縺れさせそうになったところで、跡部はようやく足を止めた。
「――――――っ何やってんだ、テメェは! あんな奴らの話大人しく聞いてんじゃねーよッ」
 立ち止まるなり勢いよく振り返り怒鳴りつけると、手塚はキョトンとした目を跡部に向けた。
「道を訊かれていただけだぞ?」
「そんなモン、体の良い誘い文句に決まってんだろう! 道訊くだけなら、今から良いか、なんて訊くかッ!」
「案内してほしかったのかもしれないじゃないか……」
 跡部の剣幕に押されつつも、手塚がそう答える。鈍いにも程がある。あのニヤけた顔付きを目の当たりにして、よくもそんな言い分を信じられるものだ。
「…………もう良い」
 跡部は酷く脱力感を覚えた。
 初デートは、スタート前から最悪だった。

 

 

 その後も手塚は、跡部が少しでも目を離すたびに律儀にも声を掛けられては足を止めていた。
 映画館では跡部が飲み物を買いに行っている間に女子大生らしき三人組に捕まり、昼食時にトイレに立った間に二人組の男に絡まれ。
 女子大生に至っては、戻ってきた跡部にまで興味を示し、しつこく誘ってくるのでさすがの跡部も閉口した。
 手塚は確かに人の目を引く容姿を持っているが、決して話し掛け易いタイプではない。むしろ、近付き難い雰囲気を持っている。そのため、必ず二人以上で声を掛けてくるので、手塚も無視できないらしい。
 跡部も目立つ方だが、隙を作らないようにしているので滅多に寄り付く虫はいない。
 つまり、手塚は近寄り難い雰囲気に反して隙が多いということだ。
   後から後から虫どもが群がってくる様は、まるで誘蛾灯を見ているようだ。虫を追い払うたび跡部の機嫌はどんどん下降していく。
 夕刻、帰路に着くころには二人の間には会話は一切なくなっていた。重苦しい沈黙の中、跡部は何でこんなことになったのかと舌打ちしたい気持ちだった。
 隙だらけの手塚が、無性に苛立たしい。
 チラリと横目で隣を歩く手塚を見遣るが、その表情は相変わらず何を考えているのか何も考えていないのか、いまいち掴みきれない。
 自分ばかりが振り回されているのかと思えば、更に苛立ちは募る。
 確かに、先に惚れたのは自分のほうだけれど、好きかと訊ねて頷いてくれたはずなのに。
 思わず舌を打つと、手塚が肩を揺らした。
「まだ……怒っているのか?」
 どこか不安げな響きに驚き、いつの間にか立ち止まっていた手塚を振り返ると、彼はやや俯き加減で視線を足下に落としている。その姿が妙に心細そうで、跡部は気付くと戸惑う彼を物陰に引きずり込んで力一杯抱き締めていた。
「あ、跡部……?」
「クソ……っ。テメェだけだぞ、この俺をここまで翻弄できんのは」
 翻弄、という言葉に心外だと言いたげに手塚の眉間に皺が寄る。それでも跡部の腕の中から抜け出そうとはしない。やがてその腕がおずおずと背に回されて、跡部は湧き上がってきた悦びを噛み締めた。
 振り回されっぱなしの現状は悔しいけれど、仕方がない。

 何しろ自分は手塚に、心底惚れてしまっているのだから。

 

 

 



けい様から、メールで再びリク頂きました。
「手塚のことをすごく好きな跡部が苦労する話」
…というのがリク内容でした。
振り回されてはいますが、…苦労?(死)
てゆーか何だろうこれ…ゴメンナサイ…(T_T)
書き易いと思って、実際スランプの割に早く書き上がったんですが…
(だから順番変えてまで書いたんですが)
どうでしょう、けい様。跡部、苦労してますか??
何はともあれ、リクエストありがとうございました!
どーぞお納めくださいませm(__)m


 

 

モドル