彼と彼の事情

 

 ボウリングに行くことになった。
「だって、悔しいじゃん! 大石だけ一人勝ちしたまんまなんてさ!! 今度はタカさんも手塚も一緒にさ、ね!!」
 正式に部活動を引退する前に皆で行こう、と菊丸が言い出したのは、とある日曜の夕刻。練習を終えてからのことだった。
 大勢で騒ぐことが苦手な手塚は気が進まず辞退しようとしたが、手塚以外の面々がすっかり乗り気になっている以上―――大石まで張り切っていては、もう止める理性などここにはいない―――参加しないわけには行かなくなった。
 渋々とでは会ったが、レギュラー+αでゾロゾロとボウリング場に繰り出すと。

「あ―――!! クソクソ青学っ!」
「げっ………」

 どんな偶然か、氷帝のレギュラー陣と鉢合わせてしまった。

 

「おー、久しぶりやな〜。何や、アンタらもこんなとこ来よんねんなー」
「君たちこそ、こういうとこに来るようなタイプとは思わなかったけど?」
「ま、引退前にパーっとな。ジロちゃんも起きとるし、それなりに盛り上がってんで?」
 不二と忍足が(一見和やかに)話している間にレーンを予約し、シューズを借りる。空いたレーンは3つしかなかったので、3人1組でゲームすることになった。
 それなりに混み合っている中、何とか確保できたのは氷帝のレーンの隣(因みに彼らは4つのレーンを使い、2人1組でゲームをしていた)。
「まぁ、別に一緒にやるわけじゃないし、いっかぁ。んじゃ、チーム決めよっ」
 不満そうだった菊丸と桃城を大石が宥め、何とか納得した菊丸は気を取り直してチーム決めを仕切り出した。
 結果、氷帝と隣接したレーンには手塚、大石、乾。その隣は不二、河村、海堂。一番奥には菊丸、桃城、越前が配置された。
「ってわけでー。隣は気にせず始めよーぜっ」
 ちゃっかり氷帝から一番離れたレーンをキープした菊丸が、元気にゲーム開始を宣言した。

 

 ゲーム開始から一時間後。
 そこそこにイイ勝負を繰り広げ、2ゲーム目を始める前に、代表者2人を決め、飲み物を買いに行くことにする。
 ジャンケンの結果、その役目を担うことになったのは大石と海堂。2人が場を離れると、ちょうど氷帝の方も宍戸と鳳が立つところだった。
 数分と経たず、それぞれ人数分の缶ジュースを手に戻ってくる。
「はい、手塚」
 大石から渡された缶コーヒーを、礼を言って受け取った手塚は、だがなかなかそれに口をつけようとしなかった。
 そこへ、不意に伸びてきた手が手塚から缶を取り上げた。
「跡部っ!! 何だよいきなりー!!」
 それを見て大声を上げた菊丸を気持ち良く無視した跡部が、樺地に何ごとか合図を送る。いつもどおり「ウス」と応えた樺地はのそりと動き出し、別の飲み物を買ってきた。
「……ホラよ」
 跡部が樺地から受け取り、手塚に放って寄越したのは、缶おしるこ。

『何の嫌がらせ!?』

 こんなところで関東大会一回戦の再戦か!?とその場の全員が思わず固まる。
 ところが。
「………ありがとう……」
 手塚はぽつりとそう言ってプルトップを開け、躊躇いなく缶に口をつけたのだ。
「コイツ、コーヒー駄目なんだよ」
 事も無げにイイ、跡部は手塚から取り上げたコーヒーを口にする。
 結果余ってしまった、本来跡部の分だった1本は、樺地が飲むことになった。

「てゆーか、何であとべーがんなコト知ってんの……?」
「あはは。樺地2本も飲むのー、おっかC☆」
「あーもー、ゲーム再開―――!!」

 

「…………おい」
 2ゲーム目を終えようとする頃、跡部が不意に立ち上がり、何故か青学レギュラーたちに向かって声をかけてきた。
 そろそろ帰る、と言う。時計を見れば、そろそろ8時になる。
「門限があんだよ」
『そんなモン俺たちに報告しなくても勝手に帰れよ』
 言われたほぼ全員が同じことを思ったものの、そこは青学の理性・大石が跡部に応えた。
「そうか、じゃあ気をつけて。またな」
「ああ。―――オラ、行くぞ」
 多少引きつった笑いの大石に適当に返すと、跡部はそう言うなり手塚の腕をぐいと引っ張った。
「ほななぁ、跡部。気ぃつけて帰りやー」
「手塚もバイバーイ」
「おう。……樺地。お前はそのままそいつらに付き合っときな」
「ウス」
 ポカンとする青学サイドに対し、氷帝サイドは至って平然と、跡部と彼に半ば引きずられるように連れて行かれる手塚を見送っている。
「ちょ……ちょっと待ったぁ!! 何で手塚部長まで一緒に連れてくんスかぁ!?」
 我に返った桃城が喚く。それを切っ掛けに、他の者たちも跡部に抗議の声を上げ始めた。
 跡部は、アーン?と胡乱げに振り返ると、手塚の腕を捕らえたまま見下すような視線を彼らに向ける。
 そして、
「バァーカ。門限あんのは俺じゃねぇよ。コイツんちだ」
 吐き捨てると、困った表情の手塚に、打って変わった穏やかな口調で、
「心配すんなって。俺もついてってやっから。したらじーさんもあんま怒んねぇだろ?」
 な?と優しげに言われた手塚はコクンと頷き、「すまん」と跡部に謝っている。
「……何あの2人。仲良いわけ?」
 越前が怪訝な表情で彼らを見送りつつポツリと呟く。
 三年レギュラーたちも首を傾げた。そんな話は手塚から聞いたこともないし、あの試合を観ては尚更信じ難い。が、事実2人は妙に親しげで。
「何やぁ。アンタら知らんかったん? アンタらんとこの部長て、うちの部長の幼馴染みやん」
 忍足が、聞いたことあらへんの?と不思議そうに訊ねてくる。

『全く聞いたことなかったよ……』

 自分たちの知らないことを、氷帝レギュラー全員が当たり前のように知っているのが居た堪れない。乾のデータにすら、そんな情報は入っていなかったのだから。
 手塚が、必要以上のことは滅多に話さない人間だと言うことは知っていたけれど。でも。
『手塚(部長)、俺たちはお前(アンタ)の何なんだ……』

 

 青学レギュラー陣は、盛り上がるどころか大いに打ちのめされて、それぞれ帰路に着いた。
 氷帝相手に、試合には勝ったがどうにも負けた気がしてならなかった。

 

 更に、2人がただの幼馴染みではなく付き合っていることを彼らが知るのは、いい加減秋も深まった頃だったという……。

 

 

 



湊祢尋未様からリク頂きました。
「跡塚幼馴染み設定で、皆の知らない手塚を知っている跡部」
…というのがリク内容でした。
うち的にはあり得ない設定だったので苦労しました(^^ゞ
基本は大石と手塚が幼馴染み、なんですが
大石が出張ると跡部様が入り込む隙がなくなるので(死)
今回は大石とは幼馴染みじゃない方向で。
『皆』を出しすぎてちっとも跡塚でなくなっちゃいましたが…
す・すみません…(涙)
湊祢様、遅くなってしまって申し訳ありません!
リクエストありがとうございました!


 

 

モドル