夜まで待てない!

 

 手塚の母・彩菜が、福引で二等の温泉旅行(一泊二日)を当てた。
「困ったわねぇ」
 現在出張中の夫の元へ行く予定だった彩菜は、頬に手を宛がい小首を傾げた。
 この旅行、日程が決まっていて、更に祖父はちょうどその日の二日前から、三泊四日で囲碁仲間と別の温泉地へ出かけることになっているのだ。
「誰か、他の人に譲ったらいかがですか」
 食後の茶を飲みながら手塚が言うのに、そうねぇ、と彩菜が応えた時。
「おばさんッ、それ、俺にちょうだい!」
 ――――――たまたま遊びに来て食事を共にしていた菊丸が、はいっと元気に手を挙げて言った。

 祖父が留守で良かった、と手塚は思った。食事中にこんな行儀の悪い真似、厳格な祖父の前でしようものなら、下手をすると菊丸は今後手塚家への出入りを禁じられてしまうかもしれない。
「菊丸くん、どうするの?」
「俺が行くのっ。ねえおばさん、手塚と一緒に行きたいんだけど、ダメ?」
 土日で、ちょうど良いし。
 本人よりも先に母親に約束を取り付けようとする油断ならない菊丸の言葉に、手塚は危うく茶を吹き出しそうになってしまった。
「ちょっ、菊まっ」
「あら、良いわねぇ。お祖父様も留守になさるし、国光一人じゃ心配だったのよ。ね、国光、そうなさいな」
 彩菜は慌てて声を上げた息子を遮り、名案とばかりに手を打った。ニコニコと返事を待つ二人に、抗う術などあろうはずもない。
 手塚は早々に諦め、
「………そうします……」
 湯呑みに視線を落としたまま、力なくそう呟いたのだった。

 

 別に、菊丸との旅行が嫌なわけではない。何しろ菊丸とは、所謂恋人同士の間柄なのだ。
 だが、だからこそその彼との旅行―――しかも母親公認の―――は恥ずかしくて、居た堪れないものがあった。
「にゃ〜んで、そんな顔すんの〜手塚〜?」
 後からへばりついていた―――本人は抱き締めているつもりだろうが、傍から見るとその様子は張り付く、とかへばりつく、としか形容しようのない姿だった―――菊丸が、手塚の耳の下に唇を押し当てながら訊ねた。
「っ……菊丸、こら、今日はしないと言っただろう!」
「わーかってるよ。二人っきりで旅行できるんだもん、それまでちゃんと我慢するって。……そん代わり、旅行中は思っきりベタベタしよーねゥゥゥ
 嬉しそうにそう言って懐いてくる恋人に、手塚とて悪い気はしない。
 菊丸との旅行は、嫌ではない。寧ろ、嬉しい。ただ、母の手前恥ずかしかっただけなのだ。
「楽しみだね〜、伊豆っ」
「……ああ。そうだな」
 手塚はようやく微かに笑って、首を捻じ曲げ菊丸の唇に自らくちづけた。
 菊丸はビックリした表情で目を瞬かせた後、蕩けそうな笑顔で手塚をぎゅうと抱き締めた。手塚も、もうそれに抵抗しなかった。
 だって、やっぱり好きなのだ。
 時々困らされるけれど、それでもこの子供みたいな無邪気な恋人が。

 

 

 そんなこんなで当日、早々に宿に着いた菊丸は元気いっぱいだった。
「大浴場もいーけど、やっぱ部屋にも温泉付いてんだからそこ使おうよ!」
 手塚のハダカを誰にも見せたくない、と独占欲を剥き出しにした恋人に提案され、手塚は苦笑する。
 まだ昼前だというのに、もうそんなことを言っているのが可笑しい。そして、菊丸の真剣さがくすぐったい。
 言っていた通り、この旅行の間中ずっと二人きりでくっついている気満々の菊丸は、観光などそっちのけで宿の中を探索し、その間でさえ手塚を離さなかった。
 ご飯はあそこで食べたいだの、土産は帰りに買おうねだのとウキウキしている菊丸を見ていると、手塚の方も楽しくなってくる。
 二人でいる時間を少しでも増やしたいからと、わざわざ朝一番にチェックインして。
 そのためかなり早起きすることになってしまったけれど。
 少しでも長く二人でいたい気持ちは、手塚も同じだったから。
「……朝早くなら、他の客もいないんじゃないか?」
「じゃあッ、明日は今日より早起きして二人で露天風呂ね! で、帰る前にもお部屋でお風呂!」
「風呂に入ってばかりだな」
「お風呂の中でイチャイチャするんだもーん 俺、それが楽しみだったんだから
 浴衣でお布団もイイけどね♪ と浮かれた口調で言いながら、菊丸はようやく寛いで茶を飲んでいる手塚にすすっと擦り寄り、ぺとりと肩に凭れかかった。
 頭を擦り付けられ、くすぐったさに身動ぎつつ手塚が咎める。
「おい……、昼間からあまりこういうことは……」
「いーじゃんッ、ねーご飯食べたらさ、お風呂入ろーよ、ねっ?」
 横から肩にスルリと腕をまわして、嫌がる手塚の頬にチュッチュッとキスを繰り返す。
「わッ、バカっ、お茶が零れるだろうっ」
 慌てて茶碗をテーブルに避難させ、菊丸の腕を外させようともがくが、体勢の不利さからそれは適わなかった。
 菊丸の手が、服の上から手塚の胸を撫で上げた。
 思わず息を呑むと、耳に触れるほど唇を寄せた菊丸が、熱っぽく囁きかけてくる。
「………お風呂より先に、ここでしよっか……?」
「っ……!」
 咄嗟にその身を突き放そうとするより早く、畳の上に倒された。拒絶の言葉を口にしようと開かれた唇が、深く重ねられる。
 振り上げた腕がテーブルを叩き、ガタンと派手な音を立てる。
「んん……っ!」
 菊丸、と咎める口調での呼びかけも、相手の口内に飲み込まれていく。唇が離れる頃には、すっかり息が上がってしまっていた。
「約束、したじゃん……思っきりベタベタしよって。ねぇ、ヤなの?」
 掠れた声で切なく言い募る菊丸に、手塚はぐっと返事に詰まった。顔が赤くなるのが自分でも判る。
 嫌ではない。
 この旅行のために、何だかんだと二週間お預けを食わせたことも自覚している。
 ただ、こんなふうに流されて昼間から行為に及ぶなど、けじめのないことはしたくなかった。
 だから。
「……夜……、夜まで待ってくれ。頼む……」
「夜?」
「そ・そうしたら……二人で風呂に入って」
「一緒に、入ってくれんの?」
 菊丸がふと目を細め、悪戯な指を胸元に這わせながら問い返す。
「菊丸……!」
 焦った声で名を呼ばれ、菊丸は仕方なさそうに溜め息を吐いて手を引いた。
「判った。そん代わり、夜になったら思う存分ベタベタするかんね?」
 言葉もなく、ただ真っ赤な顔でこくこくと頷く手塚にもう一度くちづけて、菊丸はすいと身を起こした。
 ホッと安堵の息を吐く手塚が、その夜の自分の運命を知ることはなかった。

 

 

「てーづかっ。朝風呂行こうよ〜、露天風呂っ」
「一人で行けっ!」

 

 

 翌朝、手塚が大浴場まで行くことが出来たかどうかは、言わずもがな……(合掌)。

 

 

 



麻衣様から、再びリク頂きました。
「菊塚で旅行話。甘々で出来ればHありで」
…というのがリク内容でしたが。
裏ページ設立しちゃったので、これ以上は表では…っっすみませんっ。
未だカウンタ設置もしてない裏。隠してるようで隠してない裏。
そんでも一応、裏。
てなわけで何とも欲求不満な物に仕上がりました…(爆)
旅行といえば温泉、何て単純な発想。あわわ。
でも海外旅行に中坊のみで二人きりって無理でしょう…
あ、年齢操作すべきでしたか?
修学旅行、てのも考えましたが結局こんなで。
麻衣様、遅くなりましたがリクエストありがとうございました!
どーぞお納めくださいませm(__)m


 

 

モドル