DATEいつでも恋人に合わせて、合わせることを当然とし、それに対し何の不満も持っていないような彼女の、とても珍しいおねだりだった。 「たまにはリョーマ様と、デートっぽいことしたいもん!」 ふたりっきりでいられるだけでもドキドキしちゃうの、などと素で言ってのける朋香のセリフではない。どうせまた、クラスメイトたちから話を聞いて影響されでもしたのだろう。 そういう単純で判りやすいところも、リョーマは嫌いではなかったが。 「で? 何が観たいわけ?」 溜め息をつきつつ訊ねたリョーマに、朋香が嬉しそうに笑って告げたタイトル。 それはつい先日、テニス部の先輩である菊丸が、部長の手塚にしつこく行こうと誘っていたのと同じものだった。
部活が休みの日に、ふたりは待ち合わせて映画を観に行くことにした。映画の後は食事をしてショッピング。 ウキウキと予定を語って聞かせる朋香を見て、まあテニスを完全に忘れる休日もたまにはいいかと、リョーマも頷いた。彼女の喜ぶ顔を見るのも嬉しい。 連れ立って向かった映画館では、はしゃいだ朋香が売店であれもこれもと買おうとするのを止め、飲み物とポップコーンだけを買った。パンフレットは、必要ないので一部しか買わなかった。 まだがらんとしているホールへ入ると、中段正面の席を取り、朋香がさっそくパンフレットを開く。熱心にあらすじを読んでいる朋香の手元を、リョーマは覗き込んだ。ついでにその肩に顎を乗せると、朋香がくすぐったいと言って笑う。 その顔が可愛かったので、リョーマは彼女の頬に軽くくちづけた。 真っ赤になって目を丸くしているのも可愛い、と思うのは惚れた欲目か。 「もう、リョーマ様ったら」 くすくすと笑うリョーマに、朋香はムッと唇を尖らせたが、館内が急に暗くなったのに驚いて「キャッ」とちいさく悲鳴を上げた。 気づけば席もそれなりに埋まっており、上映時間になっていたようだ。 すっかりスクリーンに意識を奪われた恋人の様子に肩を竦め、リョーマは紙コップのコーラを一口飲んだ。 ストーリーの舞台は、戦後の日本。 恋人を奪われた男が、奪った男に復讐するためその妻に近づく、という話だ。薄ら暗いが、結局はベタなラブストーリーらしい。 ヒロインは旧家のお嬢様で、柔らかな物腰と穏やかそうな笑みに、リョーマは最初、桜乃を思い浮かべた。しかし話が進むにつれ、彼女の芯の強さ、そして意外な脆さは、どちらかと言うと朋香に近いように思えてきた。慎ましそうに見えて結構大胆で思い切りが良いところも似ている気がする。 一方、ヒロインの相手役は、掴みどころがないくせにその実執念深く、鈍感なところもあって、ヒロインがこの男のどこに惹かれたのかリョーマには判らなかった。 話は結局、男がすべてを誤解だと知り、ヒロインへの想いを自覚してハッピーエンドとなる。彼女の夫も、実は他に想う相手がおり、そちらも結ばれて大団円。とってつけたようだが、ドロドロとした内容の、せめてもの救いだった。 エンドロールが流れ、ホール内が明るくなる。リョーマは何だかんだと眠らずに最後まで観てしまった自分に驚きつつ朋香を振り返り、そして更に驚いた。 朋香は手にしたハンカチをぐしゃぐしゃにして、ボロボロ涙を零していたのだ。 「……朋香」 「うぅ……リョーマさまぁ……」 ひっくひっくとしゃくり上げる彼女に、少々呆れる。そこまで感動的なストーリーだっただろうか。 「だって、だって……あたしだったら耐えられないよ! リョーマ様に憎まれるなんてっ……」 どうやら朋香は、ヒロインを自分に、相手の男をリョーマに置き換えて観ていたらしい。すっかり感情移入してしまったようで、そんなの悲しすぎる、と言って子供のように泣きじゃくっている。 「……ハッピーエンドだったじゃん」 「でも、でもぉ」 「ってゆーか。あんな鈍感男と俺を一緒にしないでくれる? 俺ならあんなになるまで自分の気持ちに気づかないとか、絶対ないから」 「……ホント?」 くすん、とちいさく鼻を鳴らしながら、朋香が上目遣いでリョーマを窺う。 うるうると潤んだ瞳で見つめられて、そのまま抱き締めたい衝動に駆られたが、リョーマは辛うじて自制した。 「当然。第一、俺の恋人は最初から朋香だし、朋香だって俺だけでしょ。……あのふたりとは違うよ」 「……うん……リョーマ様ぁ」 よかった、とまたも感情が昂ぶって涙を零す朋香に、リョーマはやれやれと溜め息をつく。そして、バラバラと客たちが席を立つ中、彼女が落ち着くまで付き合ってやることにしたのだった。 五分後、ようやく少し落ち着いた朋香とともにホールを出たリョーマは、トイレで顔を洗ってくると言う彼女をベンチで待っていた。 残っていたポップコーンとコーラを片づけ、ごみを捨てようと腰を上げたところで、どこかで見たような長身の二人組が視界を過ぎった。 見れば、それは菊丸と手塚で。 考えてみれば、皆テニス部員であるのだから休日は一緒なのだ。同じ映画を観ようとすれば、鉢合わせても不思議はない。 しかし、リョーマはふたりを見たまま固まってしまった。 何となく、この手の映画で感動して泣くのは菊丸だと思っていた。別に彼がよく泣いているとかではなく、あくまでイメージだ。が、今目にしている光景は。 俯いている手塚の背に手を添え、宥めるように擦っていた菊丸が、リョーマに気づいた。 いけないものを見てしまった衝撃に動けずにいるリョーマに、菊丸は困ったように笑い、人差し指を口元に添えてみせた。 『ナイショ』 リョーマは呆然としたまま、こくこくと頷き、ちょうど戻ってきた朋香の腕を掴んで急いで映画館を後にした。 「ちょっ……リョーマ様??」 「……あー。ゴメン。何でもない……」 目元を赤くした朋香にきょとんと見上げられ、何とか笑みを作ったリョーマは、彼女を近くのファミレスへと誘った。 それにしても意外だ。あんな安っぽいラブストーリーで、部長が……。 あまりにも思いがけないものを見てしまったためか、その日のデートはリョーマがどこか上の空のままで終わった。 そのせいで朋香は、やはりリョーマはテニスをしていないと駄目なのだと思い込んでしまい、その後二度と彼女のほうからデートらしい誘いをすることはなくなったと言う……。
――――END
上沼みどり様からリクエストいただきました。 休日映画デート、菊塚も絡めて、というリクでした。 映画は、上沼様より以前リクいただいた「海が結ぶ絲」というSS。 王子視点だとすごくつまんない話みたいですね…(苦) 部分的にラブを入れつつ、菊塚も入れつつ…と頑張っていたら、 何故かギャグになってしまいました…orz すみません…(>_<) 上沼様、リクありがとうございました。 こんなんなってしまいましたが、どうぞお納めくださいませm(__)m '08.05.26up
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