傍にいたいから
だが今年の部長・副部長は共に教師の覚えも大変めでたかったため、急用で学校に戻らねばならなくなった顧問も、然して心配はしていなかった。 「お前たちがいれば大丈夫とは思うが、くれぐれもバカ騒ぎなんかするんじゃないよ」 それでも一応、と念を押され、部長ははい、としっかり応えたが、副部長は胃の辺りを押さえていた。何日も前から騒ぐ気満々なダブルスパートナーと、彼と特に親しい二年生レギュラーの顔でも浮かんだのだろう。下手をすればそれに一年生ルーキーが加わって、更に収拾のつかないことにもなりかねない。その上隣に立っている部長がそれに切れでもしたら、深夜から合宿所周りを走らされることになるのは目に見えていた。そうなれば、もはや自分にはどうすることもできなくなる。 ――――――せめて、頼むから手塚を怒らせるようなことだけはしないでくれよ……。 思わず心の中で呟く副部長の神経が休まる時は、少なくとも合宿中には訪れなさそうだった。
騒ぐことに関しては断固反対の手塚だったが、毎年恒例の宴会については、ノンアルコールが原則であることもあり、一応は容認している。 宴会と言っても、部員全員参加となると部長・副部長の二人では手に追えないため、レギュラーだけでこっそりとやる、極めて小規模なものだ。今年は特別に、レギュラープラス一人、となっているが、実質そのプラス一人もレギュラー同然なので、寧ろ皆歓迎している。 一部の部員のために部費を使うわけにもいかないので、事前に会費を徴収し、幹事を買って出た菊丸と桃城が飲食物の手配をしていた。 「もちろん、酒など買っていないだろうな、菊丸?」 「あったりまえじゃーん! 見てよこの健全極まりない飲み物!」 手塚の胡乱な問いに胸を張って答える菊丸の手には、大きなビニール袋。ほらっ、と差し出されて中を覗くと、炭酸飲料や清涼飲料、お茶などの缶やペットボトルが無理やりに詰め込まれている。 桃城が手にしている更に大きな袋に入っているのは、スナック菓子の類だろう。嵩張っている割には軽そうだった。 「おーっし! 皆集まったみたいだし、始めよーぜっ」 「んじゃ部長、一言お願いしまっす!」 桃城に急かされ、仕方なく口を開く。 「明日も練習がある。羽目を外し過ぎないように」 はーい、と良い子のお返事が返る。そして。 「皆ジュース回った? んでは、とりあえず合宿の成功を祈って。かんぱーい!」 いい加減な菊丸の音頭に合わせ、各々手にした缶を掲げる。その後は、それぞれ菓子を摘んだり、席を移動したりと好き勝手に行動を始めた。 宴会が始まって、十五分も経った頃だろうか。 手塚はお茶の缶を手に、隣り合って座った大石と明日のスケジュールについて相談をしていた。 逆隣にちゃっかり座り込んだ越前は、ファンタを飲みながら菊丸と桃城の余興をつまらなさそうに眺めていたが、ふと傍らに気配を感じてそちらに目を向けた。 と。 「そこ、退いて」 「ちょっと、何するんスか」 ぐい、と押し退けられ、部長との間に割り込んできた先輩を睨む。 しかし相手は越前のことなど視界の隅にも入っていない様子で、徐に手塚の胸に背中から両腕を回した。 つまりは抱きついていった。 「っ! ふ、不二……?」 突然背後から抱き締められた手塚が驚いて問うように名を呼ぶと、不二はしっかりと抱きついたまま手塚の肩に頭を乗せた。 「てーづか〜v」 呂律が怪しい。 ふにゃあ、と猫のような声を出して甘えついてくる不二に、手塚は固まってしまった。代わりに大石が、様子のおかしい不二の顔を覗き込む。 「お、おい、どうした不二?」 大石が声を掛けても不二は無視して、相変わらず手塚の肩に頭を擦り付けている。尋常ではない。 不二の行動に驚いてシン、と静まり返った室内。いきなり大声を上げたのは桃城だった。 「あー! 不二先輩の飲んでた缶、チューハイっスよー!?」 「………菊丸!!」 「おっ、俺じゃないにゃ〜!!」 手塚に睨まれ、菊丸は慌てて否定する。確かに自分が用意したのはノンアルコールのものばかりのはずなのだ。第一、自分でこっそり飲むならともかく、不二を酔わせたからって菊丸には何の得にもならない。後のことを考えたら、そんな恐ろしいことができるはずもない。 それは菊丸だけでなく、他のメンバーにも言えることで。 しかし、続く不二の言動に、一人を除いた全員がその犯人を知ることになった。 「てづかぁ〜、僕、もーダメぇ〜。部屋、連れてってぇ」 キモチワルイくらい、甘ったれた声。 (……ワザとだ………) (不二の奴、自分で仕組んだな……) (こっ、怖い……) あまりの恐ろしさにその場のほぼ全員が身動きひとつ取れない中、唯一の例外が動いた。 後ろからしがみついている不二の腕を外させて、手を貸してやりながら自身も立ち上がる。 「仕方ない、この酔っ払いを部屋に運んでくる」 手塚は不二の肩を抱くようにして支えてやると、大石に後を頼む、と残して宴会場を後にした。凍りついたままの場の後始末を任されてしまった大石は、思わずまた胃を押さえたのだった。
部屋に着くまでの間、不二は無言のままだった。足下も、思ったよりしっかりしている。肩を貸してやっている意味はあるのだろうかと、手塚はふと考えた。 身長差の所為で、不二の顔が見えない。が、先のように酒気を帯びた赤い顔をしてはいないことは、何となく判った。 不二は、酔ってなどいない。 ここに至ってようやく気付きはしたが、今更「じゃあ」と放り出して戻るわけにもいかないだろう。手塚も無言のまま部屋まで歩いた。 ドアを開けて中に入ると、不二が後ろ手にドアを閉めてしまった。 「……不二?」 「キミと来たら、ホント無神経で無防備で、嫌になるよ」 「え?」 「え、じゃないよ! 折角の宴会でまで、大石の隣に座ってることないでしょ!」 それでなくてもいつも一緒にいるくせに、と吐き捨てられ、手塚は戸惑った。不二の言うことが、よく判らない。 「大体、何で越前までちゃっかりキミの隣になんか座ってんのさ!?」 何よりもそれが一番気に食わない、とばかりに噛み付いてくる不二に、手塚は眉を顰めた。 「……別に、どこに誰が座るかなんて自由だろう」 お前は一体何が言いたいんだ?と首を傾げると、不二はいきなり手塚に体当たりするように抱きついてきた。 「嫌だよ! キミの隣は僕が狙ってたのに! ずっと傍にいれると思ったのに!」 手塚はその勢いに負け、よろけて敷かれていた布団の上に尻餅をついた。そのまま、不二が圧し掛かってくる。 押し倒されるような格好になり、さすがに手塚も焦った。 「おい……不二! 止せ」 「判ってるの? 僕はキミのこと好きなんだよ!!」 今までに、何度となく聞かされてきた言葉。けれど、こんなふうに怒鳴るように言われたのは初めてで。 「お前が何をそんなに不安になるのか、判らない」 困惑しきった表情でポツリと零せば、不二は絶句した後、盛大にため息をついて。 手塚の上から、そっと退いた。 「手塚。今日はここで寝て。……何もしない。傍にいたいだけだから」 ギクリと身を強張らせた手塚に、安心させるように微笑みながら続ける。 「ぇ、だって……お前と同室なのは、菊丸………」 「鍵かけとけば、察してくれるよ。キミの同室は大石だし。そっちで寝ればいいでしょ」 「で・でも……」 なおも躊躇う手塚の唇を、不二が柔らかく塞ぐ。 アルコールを口にした不二よりも真っ赤になった手塚が、恥ずかしそうに俯く。 不二は更に止めとばかり、手塚にしか見せない優しい笑みを浮かべて見せた。そして、一言。 「言うこと聞かないと、このまま犯すよ?」 怯えきった手塚は、そのまま不二と同じ布団で寝ることになった。 合宿は、まだ始まったばかり。この先のことを思って、手塚は早く家に帰りたい、と始めて切実に思ったのだった。
けい様からリク頂きました。 |