始 ま り
突然ですが、ただいまピンチです! 「ふぇ〜〜〜。迷っちゃったよぅ」 思わず零れたのは、我ながら情けない涙声。 下校時間はとっくに過ぎてて、それどころかもう部活動だって終っちゃってる時間で。初夏って言ってもまだ五月の終わり。もう周りは薄暗くなちゃってる。 助けを求めようとしても、誰もいない。 いてもちょっと、恥ずかしい。 入学してもうすぐ二ヶ月になるのに、校内で迷子になるなんて……。ううう、情けないよぅ。 朋ちゃんに知れたら笑われる。おばあちゃんなんか呆れちゃうだろうなぁ。それとも、怒られる? 注意力が足りないーって。 そもそも、何でそんな知らないようなとこに行っちゃったかって言えば、ええと、その……リョーマくん、を。探してたのよね。 もうすぐ男テニは校内ランキング戦。頑張って、って言いたくて。 だけどどこにもいなくって。ウロウロしてるうちにすっかり暗くなっちゃったから、明日でいいやって諦めて帰ろうとしたら。 見たことのない、多分どこかの中庭にいたっていうわけ。 ああん、私のバカバカ! ドジ!!(泣) とにかく知ってるとこに何とか出なくちゃ。学校で遭難、なんてシャレになんないよぅ。私は半ベソでまたその辺をウロウロし始めた。 そうしたら、何だか話し声が近づいてきて。 あれ? ……どこかで聞いたことあるような……? でも、これで門までの道を聞ける。私は急いで、声が聞こえてきた方へ行った。 「いい加減にしろ!」 ひえっ!? いきなり聞こえてきた怒鳴り声に、私はビックリして足を止めた。こっ、怖い! 何? ケ・ケンカ?? でもそれで、私は声の主が誰なのか判った。男テニ部長の、手塚先輩だ。練習中に聞こえる、よく通るあの声。間違えようがない。 厳しくってちょっと怖いけど、あんなふうに怒鳴るとこなんて見たことない。一体、誰が手塚部長に怒られてるんだろう。 私はそうっと、そっちへ近づいて行った。校舎の角から、そっと覗く。と。 ――――――え、え、え。 私は目を疑った。 手塚部長の右腕を掴んでる、そのひとは。 ――――――リョーマ……くん……? 私が、ずっと探してた人だったのだ。ちょっと遠目だけど、判る。目印のキャップ。それがなくっても私にはリョーマくんが判る。だって。 リョーマくんは私の……ううん。私と朋ちゃんの、憧れの王子様なんだもの。 けど、リョーマくんと手塚部長? 何だかすごく不思議な組み合わせに見える。 だって普段のあの二人って、練習中にも滅多に会話なんてしないし、たまに話してるって言えば………。 『越前っ! また遅刻か。グラウンド十周、行ってこい!』 『ういーっス』 ――――――って、こんなくらい。話してる、っていうのともちょっと違うかな。でも、練習中も、試合の時も。手塚部長はリョーマくんに限らず誰に対しても必要最小限のことしか話さない。リョーマくんも、あんまり喋る方じゃないし。 その二人が、練習が終ってから、こんなふうに二人きりで。しかも、ケンカしてるなんて。 不思議というか……変。そう、変だよ何か。どうしたんだろ、二人とも。 無意識のうちに息を顰めて様子を窺っていた私は、リョーマくんの言葉に一瞬、頭が真っ白になった。 「いい加減にしてほしいのはこっちっス。俺がちょっと目を離したら、今度は乾先輩? アンタ一体どーゆ―つもりなワケ?」 リっ……リョリョーマくんっっ! ななな、何てことを言うの!? せっ先輩にそんな、ケンカ腰な……。 リョーマくんはよく先輩たちに「生意気だ」って絡まれる。そんな人たち相手には、いつもリョーマくんはバカにしたような笑いを浮かべて平然としてる。 見かけるたびハラハラしてたけど、同時に先輩に対してもちっとも怖がったりおどおどしないリョーマくんを、カッコいいなぁって思ってた。 でも! 手塚部長はそういう人たちとは違う。リョーマくんのことを認めているからこそ、普通なら九月までは一年生は参加できない校内ランキング戦に、リョーマくんを出してくれたんだと思う。厳しいけど、決して嫌な人じゃない。リョーマくんだって判ってるはず。 そんな手塚部長に、リョーマくんがあんなこと言うなんて、一体……。 それに、リョーマくんの言ってる意味がよく判んない。この二人に何があったの? 私がオロオロしながら見てるうち。 その場を立ち去りかけた手塚部長が、バランスを崩して。 ――――――背伸びをしたリョーマくんと、くっついた。何がって、唇と唇が…… 「…………ひ」 私は慌てて、口を両手で塞いだ。口から出る代わりに、頭の中に自分の叫びが響き渡った。 ひぇーっ! ひぇーっ! ひえーっ!! ななななっ何? これは何っっ!? きっキス……してる? リョーマくんと手塚部長が……!? 二人はそのまま、少し言葉を交し合うと、抱き合った。さっきの言い争いと違って大声じゃないから、内容は聞き取れない。でも、穏やかな響きだけが耳に届く。 仲直りしたんだ。あー、よかった。 ……………………。 じゃな―――いっっ!! 表情まではよく見えないけど、抱きしめ合ってる二人の姿は、まるで恋人同士。まるでって言うか。そのもの。 あのリョーマくんが、キスを仕掛けて。あの手塚部長が、それに逆らわなかった。初めてとか、弾みとか、そういうのじゃないことくらいは判った。判っちゃった。 ショックのあまりふらふらその場を離れると、しばらく歩いたところで男テニ部室を発見。ああ、これで帰れる……。 その日、私は夕ご飯を残してしまった。
翌日、朋ちゃんに引きずられて、男テニの練習を見学に行った私が見たものは、普段と全く変わらない様子のリョーマくんと手塚部長。 だけど、私の目には、ほとんど会話も交わしてさえいない二人が、それでもお互いを意識しているのが判る気がして。 こんな大変な事実、知ってるのはきっと私だけ。いくら朋ちゃんにでも、絶対に言えないもの。 ああ、私。 一体これから、どうしたらいいの……?
たいにゃん様からリク頂きました。 |