恥ずかしいほど愛して。

 

 越前リョーマは、今朝からずっとはしゃぎっ放しだった。
「ねぇねぇ、国光サン! 荷物置いたらさ、お風呂入ろーよ!」
 宿に着くなりそんなことを言い出したリョーマに、手塚は呆れる。確かに温泉宿に来た目的は当然温泉にゆっくり浸かる、というものだが、どうもリョーマの目的は微妙に違うらしい。
 風呂に入る、というのはその後に続くもののためのステップその1、くらいに思っているのだろう。
 午前中から仲間と飲んで、そのままここへ来た。酒量は抑えてはいたが、手塚ははっきり言えばこのまま眠ってしまいたいくらいに疲れていた。
 だがもちろん、そんなことは許されないのだろう、と思う。常ならば手塚の身を優先して考えてくれるリョーマの箍が、外れっ放しになっているのだ。
 少なくとも今夜は、のんびりなどさせてもらえないに違いない。
「越前、部屋に着いたらまずお茶でも飲んでゆっくりさせてくれ」
 せめてもの抵抗とばかりにそう言った途端、宿の人から渡されたルームキーのナンバーを確認していたリョーマが不満を露わに睨みつけてきた。
 出会った頃には手塚よりも30センチ近く小さかったリョーマだったが、今ではその位置関係は変化して、僅かにリョーマの身長のほうが高くなっている。
 そう言えば、追いつかれたのはいつだっただろうかとふと考えた手塚は、先よりも随分と近い所で名を呼ばれ、我に返った。
「………アンタ、まだ俺のことそんな呼び方してんの? もう、アンタだって『越前』なんだよ?」
 言われた内容に、赤面する。
 今日の午前、かつてのチームメイトたちを集め、お披露目会という名の飲み会を開いた。躊躇う手塚に、せめて彼らだけには知ってほしいから、とリョーマが強請り、渋々とではあったが――――二人が結ばれたことを祝福してもらったばかりだった。日程的に慌しくなってしまったのは、止むを得ない。互いに何かと多忙な身なのだ。
 とにかく、そんな中で何とか合わせて取った短いオフを利用してのこの旅行は、リョーマ曰くの新婚旅行、という奴で。
 リョーマのいつにないはしゃぎっぷりの理由を思い出し、更にプロポーズされた時のことまで思い出してしまった手塚、いや国光は、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
 リョーマが溜め息を吐く。
「もう……今頃自覚したの? ホント鈍いんだから。……そういうとこ、すごい可愛いと思うけどね」
 仕方なさそうに微笑んだリョーマは、荷物を右手に持ち替え、国光の空いた方の手を取った。大人しくついて来る国光の手を引いて、部屋に向かう。
「部屋でお茶飲んで、のんびりして。そしたら、一緒にお風呂行こうね。他の奴に国光サンの裸見せるのは嫌だけど、今なら多分大丈夫だと思うし」
 備え付けの小さな風呂では、二人では入れない。なるべく人の少ない時間帯を狙うしかない。
 幸い、まだ午後四時。中途半端な時間の為、宿泊客自体がまだ少ないのだ。
 ほとんど人通りがなく静かな廊下を、二人は手を繋いだまま歩いた。

 

 

「ちょっ……リョーマ……っ」
 温泉から上がって部屋に戻るなり畳の上に倒されて、驚いた国光は圧し掛かってくる男を跳ね除けようと腕を突っ張った。
 難なくそれを押さえ込んだリョーマが、触れんばかりに顔を近付けてくる。
「風呂上りのアンタ、すげー色っぽくてキレイだった……。部屋まで我慢したの、褒めてほしいくらいだよ」
 本当はその場で襲ってしまいたかった、と熱っぽく囁かれて、国光は頬を上気させた。浴衣に隠された彼の肌も、湯に温められて桜色に染まっている。
 愛しい人のこんな姿を目の当たりにして、平然としていられる奴なんているわけがない。
 浴衣の合せを割って滑り込むリョーマの余裕のない手から、国光は慌てて逃れようと身を捩る。
「しょ、食事が……」
「七時くらいにって頼んでおいたから、まだ二時間近くあるよ。――――ね……国光サン?」
 用意周到なリョーマに、最初からそのつもりだったのかと呆然とした国光は、続く言葉に今度は呆れ返った。
「初夜、だね」
 何かキンチョーしちゃうな。そんなふうに言って、小さく笑う。
 ――――――今まで、幾度となく肌を合わせてきた。
 想いが通じ合ってからそうなるまでに、費やした時間はごく短かった。出会ってからの年月とほぼ同じ長さだけ、愛し合った期間があることになる。
 ついでに言えば、昨夜だって愛を確かめ合ったばかりなのだ。
 今更『初夜』などと、どの口が言うのか。
 国光の言いたいことが伝わったのか、リョーマは困ったように微笑んだ。
「ホントはね。……いつも、キンチョーしてる。アンタの肌に触れる時。アンタのキレイなカラダが目の前にあって、ドキドキして手が震えそうになる。……いつまで経っても慣れなくて、いつでも初めてみたいにキンチョーしているよ」
「…………リョーマ」
 先とは違う意味で、顔に血が上る。
 聞いた瞬間目の前の相手を突き飛ばしたくなったほど甘いプロポーズの言葉以上に、恥ずかしい台詞。
 ストレートな愛の言葉より、ずっと甘くて。優しい。
 嬉しい、と思ってしまった自分に、国光はうろたえる。既に抵抗の意思など、自分の中のどこにもない。寧ろ―――――――――
「あッ……」
 リョーマの右手が、国光の心臓の位置を確かめるように左胸を這う。咄嗟に上がった声を、抑えることができなかった。
 触れてほしい。
 こんなふうに思うのは、初めてかもしれない。
 いつになく素直な反応を返す国光に、リョーマが満足げに笑う。
「国光サン、感じてくれてるんだね。感じてるアンタのカオ、すごく可愛いのに、同じくらい色っぽくてイヤラシイよ。もっと、俺に見せて?」
 噛み締められたた唇を解かせるように、柔らかいくちづけを落とす。
「……ふ……、リョー…マっ」
 唇の形を辿るように舐められ、ゾクリと背筋を走る快感に、国光は思わず救いを求めるように名を呼んだ。
 嬉しそうに笑う、リョーマの顔。潤み始めた瞳に映ったそれは、少しだけ幼く見える。
「愛してる、国光サン。うんと悦くしてあげるから、そうしてずっと俺を呼んでてね」

 

 

 結局その後、食事までの時間をフルに使って愛し合った二人は、食事を摂った後、並べられた布団の上で再び抱き合った。
 翌日、起き上がることもできなくなった国光に、彼が失神するまで続けてしまったリョーマが土下座して謝る羽目になったことは、改めて言うまでもないことだろう。

 お幸せに!

 

 

 



らぶらぶはあと様からリク頂きました。
勝手にやってろよ的なリョ塚…になってたら成功です(苦笑)
新婚旅行、つまり婚姻済み、ということで数年後の二人。
なのでまぁアリかな、と思ったんですが実際書いてみたら。
「国光サン」「リョーマ」と呼び合う二人がやたら恥ずかしくて;
二人の世界だし〜ったくよ〜これだから新婚はっっ(笑)
…こんなのですが、楽しんで頂けたら幸いでございます…
ところで、そこまで恥ずかしいプロポーズの言葉って、
一体どんなんだったんでしょうね?(笑)


 

 

モドル