ズ ル イ 人

 

 言い出すのは、いつも俺から。
 しかも。

「部長、明日部活休みだよね? 暇なら俺んちのコートで一緒しません?」

 ――――――テニスという餌が必要なのも、何だか情けない。
 そして、どんな言葉をかけるより嬉しそうな表情をする愛しい人が、少しだけ憎らしいと思う。

 

 

 同じサウスポーで、同じオールラウンダー。にも拘らず、部活中に二人がネットを挟んで向き合うことはなかった。
 初めて同じコートに立ったのは、あの高架下のテニスコートでの二人きりの試合の時だ。あの時から、リョーマにとって、手塚は何よりも特別な存在となった。
 しかしその後も、練習に二人の試合が組み込まれることはなく、こうして時々リョーマの家のコートに手塚を誘い、二人だけで打ち合ったりしていたのだ。
 もちろん、一ヶ月前に想いが通じ合ったリョーマには下心があるのだが、手塚は果たしてそのことに気付いているのだろうか。
 ――――――多分、気付いてないんだろうな……。
 汗を流して来たら?と入浴を勧めたリョーマを欠片も疑うことなく、手塚は差し出されたタオルを受け取って、風呂を使いに行ってしまった。
 彼が風呂から戻るのを、リョーマはベッドに腰掛けて待っている。
 何も、身体を繋げるのは初めてというわけじゃない。想い合っていれば求めてしまうのは当然だと、リョーマは思っている。
 けれど手塚はそうではないと判っているから――――拒まれたことはないけれど、不安になってしまう。

 あのひとは、自分があのひとを想う程には、自分を想ってくれてはいない。

 認めるのは癪だし、辛いことだけれど、それが現実だ。
 初めて彼を自分のものにしたのは、三週間ほど前だったろうか。
「したい」と直球で訴えたリョーマに、手塚は何を?という表情で見つめ返してきたのだ。
 腕を掴んで引き寄せ、背伸びをしてくちづけた時の、驚愕に見開かれた手塚の瞳が忘れられない。
 そんなことをされるなど、思ってもみなかったという表情だった。
 好きだと告げ、更に"love"の中でも最上級の好きだよ、と念を押して、それで頷いてくれたはずなのに。
 何だか全く相手にされていなかったようで無性に腹が立って、衝動的にその場に押し倒してしまったのだけれど。
 二度目のキスで頬を染めた彼の表情を見た途端、逆の感情から止まらなくなってしまった。
 それはつまり、愛しくてたまらない、という気持ちで。
 眼鏡を取り上げてテーブルの上に置いて、三度目のキスは深くその口腔内を探り、戸惑い彼の舌を絡め取る濃厚なものに変えていった。
「好き」
 くちづけの合間に幾度となく囁けば、そのたびに手塚は小さく頷いてくれて。
 リョーマは彼が身に着けていたTシャツの裾から手を忍ばせ、初めて触れる彼の肌の滑らかな感触を楽しんだ。
「………アンタに、もっと深く触れたい……」
 ――――――思えば最初から、求めるのは俺ばかりで。
「部長………」
 先走りそうになる自分を何とか抑えて、手塚の許しを待つ。カラダだけが欲しいわけじゃないから、すべてを彼に受け入れてほしいから。
 濡れて揺れる眼差しを困惑したように彷徨わせたあと、手塚はもう一度頷いて、リョーマに任せるように目を閉じた。
 でも。
 ――――――許されるのと求められるのは、違うよね?
 結局、好きで好きでたまらないのも、欲しいと思うのも、リョーマの方だけ。
 手塚だってリョーマを想っているからこそ受け入れてくれたのだろうけれど、その想いがリョーマの抱えるものに釣り合っているとは、到底思えなかった。
 もっと俺を好きになって。誰よりも俺を、俺だけを愛してよ。
 最初は想いを認めてもらえばそれでよかった。口にした瞬間、聞いてもらうだけでは満足できなくなった。応えてもらった後はもう、彼の何もかもが欲しくなって。
 リョーマの手塚へ向かう気持ちは貪欲になる一方だった。
 それなのに、彼はいつだって受身で、気づけばリョーマは彼から言葉をもらったことさえない。
 何か。それって。
 すごく、ズルイよね。
 心の中で不満に呟きながら、腰掛けていたベッドに背中から倒れこむ。と、 「越前、上がったぞ。お前も使うだろう?」
 ドアが開いて、タオルで髪から滴る水滴を受け止めながら手塚が戻ってきた。
 既にタオルで拭いたきりの汗はすっかり引いてしまっていて、どうでもいいとも思ったが、そんなことを言えば清潔好きの手塚に咎められることは目に見えている。
 リョーマはのろのろと身を起こし、自分用に引っ張り出したタオルを手に部屋を出て行った。

 

 

 簡単にシャワーだけを浴びて戻ったリョーマは、自室のドアを開けるなりその場に固まってしまった。
 先程リョーマがソファ代わりにしていたベッドでは、手塚が静かな寝息を立てていた。
 リョーマが部屋を出て戻ってくるまで、十分と経ってはいない。
「――――っちょっと、部長! ヒドイっスよ!」
 身体を動かして疲れて、風呂で温まって柔らかいベッドに横になってしまえば、それは至極当然の結果かもしれない。しれない、けれど。
 このまま寝かせておいてやろう、なんて余裕がリョーマにあるわけもなく。
 慌てて駆け寄ったリョーマは、手塚の肩を掴んで揺さぶった。
「起きてったら! 部長っ!」
 ん……、と小さく息をついた手塚はしかし、僅かに身動ぎはしたものの目を覚ましてはくれなかった。
 判っていた。手塚にそんな気がないことくらい。
 一度きりとはいえ肌を重ねたことのある恋人の家で、風呂を勧められてさえ、その深い意味に気付こうとはしない。鈍感で、冷たいひと。
「……部長……っ」
 リョーマは酷く情けない気持ちになり、掴んでいた手塚の肩から手を離して――――――――
「うわっ!?」
 不意に伸びてきた腕が、リョーマを引き寄せた。
 手塚が目を覚ましたのかと思ったが、そうではなかった。そもそも、こんな悪戯を仕掛けてくるような人じゃない。
 手塚の上に倒れ込みそうになるのを、咄嗟に突っ張った腕で何とか持ち堪える。
 リョーマの首に腕を回した手塚が、胸元に懐くように擦り寄ってくる。それは、リョーマの愛猫カルピンが甘える時によくする仕種に似ていて。
「ん……えち、ぜん……」
 やや呂律の回らない口調で囁くように名を呼ばれ、リョーマは真っ赤になった。それきり再び規則正しい寝息を繰り返す想い人を、呆然と見下ろす。

 ――――――アンタ、やっぱズルイよ……。

 こんなことをされたら、無理矢理起こすなんて、できるわけがない。
 自分を喜ばせる方法を無意識に知っている手塚の髪に指を絡めながら、リョーマは溜め息をついた。
 好きと言うのも、キスを求めるのも、自分のほうから。
 そのことが不満じゃないわけではない。でも。

 

 こんなふうにアンタが甘えてくれるのは、俺にだけ、だよね?

 

 

 



彼我コウキ様からリク頂きました。
起きてる手塚さんに甘えさせようかと思ってたんですが、
それで話を考えたらめちゃめちゃ短くなっちゃって(^_^;)
変なシリアスもどきになっちゃってごめんなさい;
桃木にとってのリョ塚って、どーしても
両想いでもリョ→塚、て感じなもので…あうう。
…リョ塚、大好きですっ!(取ってつけたように)
そんなわけで、煮るなり焼くなりご自由にどうぞですっ(死)


 

 

モドル