正しいペットの甘やかし方
光のお気に入りの場所は、飼い主である大石秀一郎の膝の上だ。しかし、そこにはあまり乗せてもらえない。 何故かと言うと、光があまりにも小さく軽い所為で、秀一郎が光の存在をうっかり忘れて立ち上がってしまい、床の上に光を転がしてしまったことがあるからだった。 当の光は、既にそんなことは気にしていないのだが。 と言うより、忘れてしまっているのだ。サイズが小さいだけに、頭の許容量も比例して少ないのである。 そういう事情があって、光が今お昼寝をしているのは、秀一郎の勉強机の隅にちょこんと置かれた小さなクッションの上。秀一郎が勉強をしている時にも傍にいられるので、光にとっては二番目にお気に入りのお昼寝場所だ。 さらさらという、ノートの上をシャーペンが走る微かな音が子守唄の役割を果たし、光はとても気持ちの良い眠りの中にいた。 ピンポ―――ン… 玄関の呼び鈴が鳴り、秀一郎ははーい、と応えながら部屋を出て行った。 光は、小さな耳をピクピクと煩そうに震わせはしたが、安心感からか目覚めるまでには至らない。 が、ドアを開ける音と共に玄関の方が騒がしくなって、さすがに眠りから覚めた光は、先程まですぐそこにいたはずの秀一郎がいなくなっていることに初めて気付いた。 「しゅうちゃ、」 きょろきょろと見回しながら名を呼ぶが、もちろん室内のどこにも飼い主の姿はない。 「…………ふ」 光の大きな瞳に、見る見るうちに涙が浮かんだ。 と、まるでそれが判ったかのように、廊下を走ってくるバタバタという慌しい音がして。 ドアが開かれる前に、光は机から椅子へ、更に床へと弾むように降り、ノブが回ると同時に入って来た人物の足下に飛びついた。 「ああ、ごめんな光、俺がいなくてびっくりしたか?」 「しゅうちゃあ……」 ふにゃあ、と泣き顔になって、屈み込んだ秀一郎が差し出した手にしがみついていく。 しかし、秀一郎に抱き上げられて少し落ち着いた光がようやく泣き止んだ時。 「にゃににゃにー? 大石、どったの?」 秀一郎の後ろからひょっこりと顔を覗かせた見知らぬ来訪者に、光はビクンッと大きく全身を震わせた。 「あ……英二。ごめん、放ってきちゃって」 「うんにゃ、イイよ別に。勝手に上がってきちゃったし。あっ、そのコが光くん?」 かっわいー♥とはしゃいだ声で言いながら、秀一郎の友人・菊丸英二が光に顔を近付けてくる。 しかし、撫でようと差し伸べた手が触れる前に、光は秀一郎の手のひらの上から飛び降り、部屋の奥にまで逃げていってしまった。 「こっこら、光! 戻っておいで!」 秀一郎が驚いて呼びかけると、机の脚の陰から恐る恐る、という様子で少しだけ頭を覗かせる。 その時、菊丸の胸のポケットから、小さなふわふわとした塊がぴょこん、と飛び降りた。 「あッてづか! 危ないじゃんッ」 器用に床に着地した塊の正体は、光と同じ種類の仔羊だった。光とは毛皮の色が違う。 菊丸が飼っている、「てづか」と名づけられたその仔羊は、光が隠れている机の下の傍まで近づいていって、少し離れた所から光に何事かを話し掛けているようだ。 しばらくして、秀一郎と菊丸が見守る中、二匹の仔羊が二人の前に姿を現した。 菊丸はちょこちょこと戻ってきたてづかを抱き上げ、頬擦りした。 「さっすがてづか! えらいにゃ!」 「光、おいで。こいつは別にお前を苛めにきたわけじゃないから、なっ」 陰からは出てきたものの、まだ完全に警戒を解いてはいないのか、なかなか近寄ってはこない光に、秀一郎が優しく声をかける。 秀一郎の呼び掛けに反応し、ようやく戻ってはきたが、やはり秀一郎の後ろに隠れて菊丸の傍には行こうとしない。 「ご、ごめん英二、光は人見知り激しいんだよ」 申し訳なさそうに謝る秀一郎に、菊丸は笑いながら手を振って、 「だいじょぶ、全然気にしてないよん。いーじゃん、おーいしにしか懐かないって、にゃんかすっげ可愛くない?」 いいな〜、と羨ましそうに言った途端、てづかにいきなり指を噛まれ、痛!と悲鳴を上げた。 「英二!? 大丈夫か?」 「ったァ……にゃにすんの、てづか!」 こらっ、と叱る菊丸の手のひらの上で、てづかはツーン、とそっぽを向いている。 その様子を見た秀一郎は、手塚の反抗の理由に気付いて、笑った。 「英二が光のこと可愛い可愛いって言うから、ヤキモチ妬いてるんじゃないか、そのこ」 菊丸はきょとんと秀一郎を見て、それから手の中のてづかを見下ろした。 「そなの? てづか?」 「……………」 「んもう! てづかが一番に決まってんじゃん!」 もー、可愛いにゃ〜、と嬉しそうに言って、菊丸はまたてづかに頬擦りをした。てづかも、気持ち良さそうに目を閉じている。 仲良さげにじゃれている一人と一匹を眺めながら、秀一郎もまた光を抱き上げ、菊丸の騒がしさに怯えて震えている光の頭を、微笑みながら撫でてやった。 「英二。光におやつあげるけど、そのこもどうだ?」 「あんがとー、もらう! てづか、おやつだって! よかったね〜」 結局二人とも、相当な親バカならぬ飼い主バカなのだった。
しゅう子様からリク頂きました。 |