fishing in troubled waters
考えてみれば全くタイプの違う二人、今まで揉めることがなかったほうが不思議と言えば不思議だ。 『喧嘩もできないようじゃコンビとしてはどうかと思うし、いいんじゃないかな』という不二の言葉に、そんなものかと手塚も一応納得していた。 喧嘩と言ってもほんの十分程度で収まるもので、すぐに何事もなかったように会話をしているし、それで練習を中断するということもない。だから、他の部員たちも今では『いつものスキンシップ』と捉え、然して気にしないようになっていた。 実際、部活中に起こるそれは、スキンシップの域を出ないものであることが多かった。大抵はフォーメーションやゲームメイクについての考え方の違いによる衝突だったり、或いはどちらかがタオルを間違えて使ったなどという下らないものだったからだ。 ダブルスパートナーとして互いを認めているからこその、些細な喧嘩。それを重ねて試行錯誤して、二人のプレーが充実するのなら、と手塚もある程度は黙認していたのだが。 その日の部活後、手塚は悠長な己の考えを後悔することになるのだった。 「手塚、帰ろうか」 手塚が部誌を書き終えるのを見計らったように、大石が声を掛けてくる。 鍵当番でもある彼が自分を待っていたことにようやく気付いた手塚は、小さく頷いて立ち上がった。 すると。 「ダメ―――――!!」 部室のベンチで同じく手塚を待っていた菊丸が、二人の間に割って入ってきた。手塚の腕を取り、 「手塚は俺と帰るのっ!」 大石を睨みつける。 驚いたのは、いきなりしがみつかれた手塚だ。いつの間にそんなことになっていたのだろうか。眉を寄せ、菊丸を見下ろす。 「……菊丸……そんな約束をしていたか?」 「したよッ、今。」 キッパリと言われ、言葉を失う。 大石が苦笑した。 「英二、それじゃ俺のほうが先約ってことになるだろ」 「いーじゃん大石なんかさー、いっつも手塚と一緒にいるんだしッ。ねー手塚、俺と帰ろ?」 ムッとしたように唇を尖らせて大石に返すと、菊丸は手塚に甘えた声で言った。 その態度にカチンときた大石は、菊丸とは反対側に回り、手塚の腕に手を掛ける。 「そういう問題じゃないだろっ。手塚、放っといて帰ろう」 「だからダメだってば!!」 「………三人で帰ればいいだろう」 二人に挟まれた手塚が、呆れたように提案する。テニスで、互いを高めるためなら、多少の言い争いにも目を瞑るが、どうしてこんなことでまで争わなければならないのか。 手塚には、大石と菊丸がムキになる理由がさっぱり判らなかった。 尤もと言えばそうなのだが微妙にずれた手塚の提案に、大石はハッとし、熱くなってしまった己を反省する。 しかしそれも、菊丸の主張に、長くは続かない。 「そんなの、大石とのほうが一緒の時間、多いじゃん!!」 だから、三人で帰るなんてダメ。 ムチャクチャ自己中心的なことを、さも当然のように言い切る。 「それはしょうがないだろ。俺たち、家近いんだから」 「やだっ、ズルイ! ぜーったい三人じゃダメ!!」 「いい加減にしろよ、英二。大体お前、ワガママだぞ」 「おーいしこそ、副部長だからっていっつも手塚に引っ付いててヤなカンジ!」 一気に険悪なムードになってしまった二人に、手塚は表情には出さずに途方に暮れた。 今のこの状況も困ったものだが、これが青学の誇るダブルス・黄金ペアかと思うと、部を率いる身として情けなくなってくる。 その間にも、二人の口論は続く。 「この間の練習の時だって、フォーメーションの特訓だって言うのにお前は勝手な動きを……」 「おーいしだってタイミング間違えてたじゃん!」 もはや口論もエスカレートしていて、既に手塚に関係しないことにまで及んでいた。 聞いているだけで疲れてしまった手塚は、両脇にいる二人に向けて言ってみた。――――――ムダとは思ったけれど。 「………俺はもう帰ってもいいか?」 『ダメに決まってるだろ!!』 ステレオ状態(それも最大音量)で返され、思わず閉口する。と、 「だったら、手塚本人に決めてもらおう」 大石がそんなことを言い出し、菊丸もそれに頷いた。 「そだね。手塚、どっちと帰る?」 いきなり究極の選択を迫られ、手塚は困惑した。 「………だから、3人で………」 『却下。』 再度、ステレオで言われてしまう。 手塚は素直に考え込んだ。ここでどちらを選んでも、黄金ペアの関係にヒビを入れることになるかもしれない……。 他に上手い答えはないものかと考えに考え、結局手塚は、苦し紛れにこの場にいない者の名を挙げた。 「えちぜん………そうだ、越前がいい。利き手もプレースタイルも同じで話が合いそうだし、引退後青学の要になる者として話しておきたいし」 『は…………?』 どちらでもない手塚の応えに、大石と菊丸は絶句した。 そこへ。 「光栄っスね」 突然戸口から声がし、振り返るととっくに帰ったはずの越前リョーマが立っていた。 「え、越前。帰ったんじゃなかったのか」 「忘れ物取りに来たんス。………何? 部長、俺と帰りたかったの? なら早く言って下さいよ」 大石の疑問に応えると、リョーマはじゃあ行きましょ、と手塚を促した。 話の流れ上、それを拒むこともできず、手塚はやや呆然としつつリョーマと共に部室を後にした。 パタン、と軽い音を立ててドアが閉まる。 後に残ったのは黄金ペアの二人。 「ねぇ……にゃんか、やばくない?」 「か、帰っちゃったな……二人で」 「相手はあのおチビだよ? 何にもナシで、手塚を無事に帰すと思う?」 「………………」 二人は顔を見合わせた。そして。 『越前、ちょっと待て!!』 三度ステレオで叫ぶと、バッグを肩にかけ、愛しい部長と生意気な一年ルーキーの後を追った。 その際、ドアに鍵を掛けていた大石が少々出遅れたのは、仕方のないことだっただろう。
15000HITオメデトウございます、周防誠さま。 |