たまには。あたし、小坂田朋香は入部届を手に悩みながらグラウンドの隅を歩いていた。届は二枚。どっちを出そうか悩んでいるのだ。 そろそろ決めないと、と思っているのだけどどっちにもいまいち決め手がない。 でもやっぱりこっちかなぁ…と、一枚を翳して見てたら、後ろからポンッと軽く肩を叩かれた。 「とーもかちゃん! 何してんの?」 「わっ! ……あ、菊丸先輩!」 振り向いたら、中等部から知ってるテニス部三年の先輩がにっこり笑ってた。 こんにちはー、とあいさつをしたあたしの手元を覗き込んで、菊丸先輩がびっくりした顔をする。 「それ、女テニの入部届? 朋香ちゃん、男テニのマネやんないの?」 「あ……ハイ。まだ考えてるんですけど。リョーマ様とか、桜乃も頑張ってるし、あたしもテニスやりたいなーって。マネもやってみたいけど……」 「やればいーのにぃ。おチビも喜ぶよー?」 菊丸先輩は、未だにリョーマ様を「おチビ」って呼ぶ。もう、菊丸先輩より大っきいくらいなのに。でもそーゆーとこが菊丸先輩らしくて憎めないから、怒る気になれないんだよね…って、リョーマ様も言ってた。 リョーマ様……かぁ。確かに言われたなあ。「小坂田、男テニのマネージャーやれば?」って。 嬉しかったけど、でもやっぱり自分でもやりたいし。考えとくねって、その時は答えたんだけど。 困って笑ってたあたしの後ろから、もうひとり。 「そうそう。それに、牽制しといたほうがいいと思うよ?」 そう言って現れたのは、菊丸先輩と仲がいい、同じくテニス部三年の不二先輩。 にこにこ笑いながら、「今マネージャー、二年のコがふたりいるけど。ひとりがねー」とあたしのほうをじっと見る。 それに、菊丸先輩が大きく頷く。 「ああ、あのコねー。確かに。朋香ちゃん、ハッキリおチビの彼女ってことアピっとかないとヤバイかもよー?」 「えっ……な、何でですか?」 「マネのひとりがね、どうやら越前狙いみたいで。かなり積極的にアタックかけてるから」 「ええっ!?」 菊丸先輩に訊くと、不二先輩が代わりに説明してくれて。 あたしが思わず大声を上げたら、続けて菊丸先輩が、とどめのようなことを言ってきた。 「あ、そーいや。さっきあのふたりが一緒に歩いてんの見たにゃー。告白タイムだったりして?」 「もうっ! 何でそれ先に教えてくれないんですかぁ!?」 あたしは笑ってる菊丸先輩からその場所を聞きだして、走り出した。 リョーマ様とお付き合いを始めて二年。 別に、リョーマ様を信じてないわけじゃない。けど、ふたりの口ぶりからして、そのマネージャー、かなり可愛いみたいだし。不安なものは不安なのよ! 駆けつけたのは、中庭。髪の長いきれいなひとが、リョーマ様と向かい合ってた。何か、ホントに告白タイムっぽい。 ドキドキしながら、あたしは木陰に隠れた。 「……悪いけど」 リョーマ様は短く、素っ気ない声で言った。 それにホッとしてたら、その人はものすごくショック受けたみたいな顔をして、 「ど、どうして? 付き合ってるコ、いないんでしょう?」 「……何でそう思ったか知らないけど。いるよ、彼女」 聞こえてきた言葉に、ドキッとした。……これってあたしのこと、だよね……? リョーマ様がこんなこと言ってくれるなんて、信じらんない。 ちょっと、かなりカンドーしてたあたしの耳に、彼女の叫びが。 「嘘よ! だってそんな話、全然聞かないじゃない! もし仮にいるとして、絶対あたしのほうが越前くんに似合うわよ!」 うわあ、そうとう自分に自信あるんだなこのひと。 確かに外見だけ見たらあたしなんか全然敵わない感じだけど、こんなこと言っちゃうあたり性格は良くなさそう。 リョーマ様、何て答えるんだろ。あたしは息を詰めて展開を見守った。 そしたらリョーマ様、ふうって思いっきり溜め息吐いて。 「朋香。いるんでしょ、出てきなよ」 ドッキーン! ば・バレてた! しかも、ともか……だって! 名前呼び捨てなんて、めったにしてくれないのに! どうしようどうしよう、としばらくオロオロしてたけど、そっと覗いてみたらリョーマ様、思いっきりこっち見てて。 バッチリ目が合っちゃった。 仕方なく、あたしは「えへへ…」とよく判んない誤魔化し笑いを浮かべつつ出て行った。マネージャーさんの目が痛い。ってか、コワイ!! 「おいで、朋香」 ……ううう。リョーマ様、何か怒ってる? 見たことないよーな笑顔とか浮かべてるよ!? やっぱ、覗き見なんてしてたのムカついてんのかな……。 ビクビクしながらも、リョーマ様のほうへ歩いていく。そしたら、ぐいっと肩を抱き寄せられて。 「コレ。俺の彼女の小坂田朋香。朋香、このひと男テニのマネージャー」 「はっはじめまして……ッ一年五組小坂田朋香ですッ!」 ぺこっとお辞儀したら、マネージャーさん(リョーマ様ったら彼女の名前言わないんだもん。多分覚えてないんだろうけど……。彼女、ピクピクってなってるよ!)は、あたしをジロジロ見て、納得いかないって顔をした。 「何よ、全然フツーのコじゃない。そんなコの何がいいのよ!?」 ――――その言葉は、あたしの胸にズキンときた。 だって……、そのとおりだもん。あたしみたいなフツーの子、リョーマ様に合わないって最初から判ってたもん。 だから、本当のこと言われただけなのに、あたしは傷ついた。他のことなら負けずに言い返すけど、リョーマ様のことは、全然自信ない。泣きそう。 そんなあたしに気づいたのか、リョーマ様があたしの肩を抱く手にぐっと力を込めてきた。そして、「アンタ、判ってないね」と挑発するみたいな笑いを彼女に向けた。 「コイツのイイトコなんて、俺が知ってれば充分でしょ」 マネージャーさんは半泣きで去っていった。多分、振られたりしたことがなかったんだろう。 リョーマ様は彼女を見送りもせずに、あたしのほうを向いて「あんた、やっぱマネージャーやって」って言ってきた。言葉はお願いだけど、口調は思いっきり命令。 「こーゆーこと、またあったら面倒でしょ。テニスしたいなら休みの時付き合ってやるから、俺の傍にずっといて」 ――――横暴だわ。 めんどくさいなんて理由で、あたしのやりたいこと無視して。リョーマ様って自分のことしか考えてない。 だけど。 『俺の傍にずっといて』 まるでプロポーズみたいなそれに、あたしは泣きそうなくらいカンドーしちゃってて。 「……ハイ」 多分真っ赤になってうなずいたあたしの手から、リョーマ様は二枚の入部届のうち女テニのほうを抜き取って破り捨てた。
で、男テニのマネージャーになったあたしだけど。 「朋香ちゃーん、タオルとってー♥」 「小坂田さん、ドリンク持ってきて!」 「マネージャー、こっち手伝ってー!」 はーい、ってお返事。急いで言われたことをクリアしてく。 元々いたマネふたりは、どうやらお友達同士だったみたいで、リョーマ様にひとりが振られちゃってすぐ一緒に辞めてしまった。結果、マネージャーはあたしひとりになっちゃったわけで。おかげであたしはいつも大忙しだ。 菊丸先輩が引っ付いてきて、「手伝おっか?」って言ってくれる。 桃ちゃん先輩が、「女の子にこんな重いもん持たせちゃいけねーな、いけねーよ」とかってボールが一杯に入ったカゴを持ってくれる。 不二先輩が、「半分貸して?」ってにっこり笑ってドリンク運ぶのを手伝ってくれる。 そんな感じでみんなが色々してくれるから、ひとりでも何とかなってる、んだけど。 そうするとリョーマ様、めちゃめちゃフキゲンオーラ出して、先輩たちを追っ払っちゃうの。 ホラ、今も。 「ちょっと先輩達ッ! ソイツにちょっかい出すの、やめてくれます!?」 そう怒鳴ってから、あたしにひとこと。 「朋香。やっぱマネ辞めて」 何それ!! ってあたしが怒ったら、乾先輩が感心したみたいに頷いて、 「あの越前がヤキモチを妬くとは。小坂田さんは最強だな」 ――――つまりよーするに、これって独占欲って奴なのかしら。 そう思ってみたら、我ながらゲンキンだとは思うけどすっかり気分がよくなって。 リョーマ様に向かって、ヤダヨってあかんべをして見せた。 あたしばっかいっつも振り回されてるんだもん。 たまにはあたしが、リョーマ様を振り回したってイイよね!
おしまい★
雪華様からリクエストいただきました。 高校設定で青学レギュラーが朋ちゃんにちょっかい出して、 リョーマが嫉妬みたいな感じ、とのことでした。 ぶっちゃけ、マネージャーが振られた部分とか、要らないですね!(爆) でもいい感じにラブっぽくなったんじゃないかなー、と… 自己満足?(苦笑) リクありがとうございました雪華様! 何気にプロポーズもどきさせてみたりしましたが、いかがでしたか? どうぞお納めくださいませm(__)m '06.04.24up
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