GERBERA



 目の前には、真っ黒焦げのケーキ(になるはずだったモノ)。
 気づけば時計の針は、待ち合わせ30分前を指してる。
 足元を走りまわる弟ズ。さっきまで泣いてたくせに。玄関から、ただいま〜なんて買い物に行ってたお母さんの声が聞こえてくる。

「……どおしよう〜」

 たっぷり30分以上途方に暮れてたらしいあたしは、とうとうその場にへたり込んでしまった。

 

 今日はバレンタイン。恋する女のコと、恋人たちのための日よ。
 出会って約3年、お付き合いを始めて1年。タイミングよく土曜日、しかも彼・リョーマ様の部活がお休みで(引退後もよく行ってるのよ!)。
『ウチ、明日誰もいないんだけど。遊びに来る?』
 昨日の帰り道で言われて、当然あたしは即オッケー。お昼からね、って約束して、だから思い切って渡すつもりの手作りチョコをケーキに変更。早起きしてがんばってみたんだけど……。
 実はあたし、料理は得意だけどひとりでお菓子を作るのは初めて。去年は親友の桜乃とふたりでトリュフとかいうのを作ってリョーマ様にあげた。けど今年は、あたしはリョーマ様の彼女になったわけだし。
 まあでも本も桜乃に借りてるし、書いてあるとおり作れば何とかなるわよね! と家に帰ってからコンビニに出かけて材料をそろえて。
 途中までは、うまくいってたのよ。あとは焼いて、デコレーションしてラッピングして……って段階になって。ふと、困った。
 ――――この、170度のオーブンで25分〜30分って何……?
 ウチにあるオーブンのメモリは、50度単位しかない。普段トースト焼いたりしかしないからメモリ合わせたことないし。ってことは、何分にすればいいのかしら……。
 悩んだ末、あたしはタイマーを多めにまわした。近くで見てれば、途中で止めてもいいもんね。
 そして生地が程よくふくらんできたところで、フタを開けようとした途端、弟ズの泣き声がしたのだ。しかも、スッゴイ大声。
 お母さんは買い物だし、仕方なく走っていって、大ゲンカしてたふたりを引き剥がして止めて。泣き止むまで抱っこしてやってから慌てて戻ったら――――オーブンの中、一旦はふくらんでた生地は無残にもペチャンコな上、真っ黒になってしまっていたというわけ。
 とにかくいつまでも途方に暮れてても、ケーキは元には戻らない。しかももう、溶かしてあるチョコを固めてる時間もない。早く準備して、……コンビニででもバレンタイン用のチョコを買っていこう。
 あたしは大急ぎで着替えて、ぐちゃぐちゃのキッチンやコゲコゲケーキもそのままに、「行ってきまーす!」と玄関を飛び出した。
 帰ったら、お母さんに怒られるわね……きっと。

 

 

「小坂田、どうかした?」
 何とか遅刻せずに着いた待ち合わせ場所に、珍しく時間通り現われたリョーマ様と並んで、リョーマ様の家へ行く途中。リョーマ様が急にそんなふうに言った。
「え? 何が?」
「元気ないじゃん」
「そ、そんなことないわよォ! バレンタインにリョーマ様といられるなんて、ホンットあたしってラッキー!」
 慌ててそう言って笑って見せたけど、「ふーん」ってリョーマ様、信じてないっポイ。もう、こーゆーときばっか妙にスルドイのよね、リョーマ様ったら。
 お気に入りのバッグの中には、コンビニでゲットしたチョコが入ってる。当日なのに意外と色々そろってて、まあ何とかカワイイのを見つけられたんだけど。
 手作りするってこと、ナイショにしといて本当に良かった。でも、チョコケーキ……プレゼントしたかったなあ……。
 何となくふたりとも無口なまま――いつもあたしがほとんどしゃべってるから――、リョーマ様のおうちへ到着。誰もいないって言ってたけど、それでもやっぱり緊張しちゃう。ここに来るのは、これで2回目。前のときは、従姉の菜々子さんっていうひとがいて、彼女の美人さにちょっぴり嫉妬しちゃったりしたんだけど。
 だっておしとやかでお嬢様みたいで、あたしと全然タイプ違うんだもん。どっちかっていうと、桜乃と似たタイプ。何であたしなんだろって、不安にもなったっけ。
 そんなことを思い出してたあたしに、先に部屋行ってて、とリョーマ様。言われたとおり、階段を上っていく。
 リョーマ様のお部屋は、テニス関係のもの――雑誌とかラケットとか、ボールとか――はちゃんと大事にしまってるんだけど、それ以外の、服やマンガはベッドや机の上とかに散乱してる。一応、あたしが来るからか、床の上はキレイになってたけど、基本的にごちゃっとしてる。でもリョーマ様らしい気がするから、あたしは気にならないけどね。
 しばらく待ってたら、リョーマ様が缶ジュース2本――もちろんファンタ――を持ってきた。ハイ、と手渡されて、ありがとうと受け取る。それから、一度ジュースを床に置いて、バッグからチョコの包みを取り出した。
「はいっ、リョーマ様。ハッピーバレンタイン!」
「サンキュ」
 あたしの計画とその失敗を知らないリョーマ様は、フツーに受け取ってくれる。本当は大っきな手作りケーキを渡して、ビックリさせたかったのに。
 あたしは俯いて、ジュースのプルトップを開けた。リョーマ様がさっき言ったとおり、あたし、かなりヘコんでる。せっかくカレカノになって初めてのバレンタインなのに、市販モノをプレゼントしなきゃいけないなんて、やっぱ女としては……ね。
 しばらく、お互いに無言。空気悪い。リョーマ様に変に思われないように、いつもどおりにしなきゃって、判ってるんだけど。

「……ちょっと待ってて」

 急にそう言うと、リョーマ様、部屋を出ていっちゃった。声はいつもと変わらない感じだったけど、あたしの態度のせいで居心地悪くさせたのかも。そう思ってまた、ヘコむ。
 あたしらしくない、こんなの。リョーマ様がうるさがるくらいはしゃいで、「開けてみて!」って……そーゆーのがいつものあたしなのに。
 リョーマ様、どこ行っちゃったんだろ。ジュースを飲みながら溜め息をついてたら、リョーマ様が戻ってきた。右手を後ろにまわしてて、……何か持ってるみたい。
「リョーマ様……?」
「おいで、朋香」
 リョーマ様はベッドの上のものを無造作に下に落として座り、あたしのほうに左手を差し出してきた。
 てゆーか、「おいで」って。「朋香」って!!
 あたしは真っ赤になってるのを自覚しつつ、思わずその手を取った。引き寄せられて、隣に座らされる。ドキドキしてたら、今度は右手に持ってた何かを差し出された。
 それは、オレンジ色のガーベラの花束。
 すごい可愛い。けど、どうして?――――受け取っていいのかと戸惑ってるあたしの胸元に、ちいさな花束と一緒に押し付けられた、本当にリョーマ様かと疑うような恥ずかしくなるくらい気障なセリフ。
「花屋で見て、アンタだって思ったから」
「あ……ありが、と」
 お礼を言った途端、花束ごと抱き締められた。付き合って1年、キスもまだ数えるほどしかしてない。こんなふうに抱き締められるのだって、めったにないことで。
 やだ、どうしよ。ドキドキがリョーマ様に聞こえちゃうよっ!
「向こうじゃ、ね。男から恋人に花をプレゼントする日なんだ」
 耳元で、リョーマ様が言った。向こうって、アメリカのことよね。バレンタインって、世界共通のイベントじゃなかったのね。……恋人、だって。リョーマ様がそんなこと言ってくれるの、初めてだ。
 ぽうっとしてるあたしに、リョーマ様が続ける。
「手作りチョコっていうのも、確かに魅力的ではあるけどね。俺、甘いものよりアンタのがイイし」
「え、えっ」
「朋香のほうが、食べたい」
「ひぇっ!?」
 リョーマ様の爆弾発言の連続に、あたしは声をひっくり返した。そしたらあたしを抱き締めたまま、リョーマ様が噴きだした。くすくすと笑う声。あたしはカーッとなった。
「か、からかったのね、ひっどーい!」
 怒って、リョーマ様の腕の中から抜け出そうとしたあたしをもっと強く抱いて、リョーマ様がまだ笑いながら「ゴメン」と言って。
 あたしの頭の天辺に、ふわっとキスを落としてきた。
 思わず真っ赤になった顔を上げたら、唇にも、キスされた。
「ん。やっぱ、ヘタなチョコ食わされるより、こっちのがイイ」
 やさしいキスにうっとりしてたあたしに、リョーマ様が意地悪っぽく目を細めた。
 ヘタなチョコって何よ、もう! イジワルッ!
 来年こそは、とびきり美味しいチョコケーキを作って、リョーマ様をあっと言わせてやるんだからね!
 あたしの決意に、リョーマ様は「期待しないで待ってるよ」だって。

 もう、ホンットにイジワルなんだから!!

 

 

おわり♥

 



高天汐留様からリクエストいただきました。
てゆーかまだPN変わってないかな?(昔のままのだよコレ)
時期外れにもバレンタインモノのリク。
リク内容は「手作りチョコ失敗して落ち込む朋ちゃんを甘やかす王子」。
ちなみに二年後の設定なのは、確か土曜日がバレンタインだったので。
しかし、リョ朋ってやっぱ、朋ちゃんの一人称が書きやすい!
たまには王子視点も書きたいけどね…更に恥ずかしくなるかも…。
とにかく、頑張ってみたよ!
汐留さんの希望通りになってたらいいけど(^^ゞ。
ホントーにリクありがと!(ユリが来ると思ってたけど)
こんなんですが、どうぞお納めくださいませm(__)m
4月、楽しみにしてるね♪(超私信)
'06.03.13up


 

 

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