「逃げよっか」
 リョーマが言い出した。
 あたしは迷わずうなずいた。他に、リョーマといられる術がないというのなら。
 繋いだ手を離さないでね、と目を閉じて絡めた指に力を込めた。

 あたしが、普通の家の普通の女の子なら、こんなことにはならなかっただろう。
 あたしの家は、いわゆる名家で。同じく名家の、手塚家の長男と結婚することが、昔から決められていた。
 相手の国光さんは、カッコいいしとてもいいひとだ。でも、あたしは、リョーマと出会ってしまった。
 おなじ大学に進んで、ふたりしあわせなキャンパスライフを送っていたけれど、いつまでも秘密になんかできるわけもなかったのだ。
 もう、逃げるしかない。パパやママ、それにおじいさまが許してくれるとはとても思えない。引き離される前に、ふたりで。
 だけど、どうやって?―――困っていたあたしたちに声をかけてくれたのは、国光さんのお友達の、菊丸先輩。
「越前、朋香ちゃん。協力するよん」
 菊丸先輩の後ろには、国光さんもいる。
「国光さん……どうして」
「朋香が越前でなければダメだと言うなら、俺は……朋香にしあわせになってもらいたいから」
「ありがとう」
 こうして、ふたりの協力のもと、あたしたちは家を捨て、町を出ることにした。

 

 決行の日、深夜。
 国光さんに手伝ってもらって屋敷を抜け出し、あたしはリョーマとの待ち合わせの場所へ急いだ。
「朋香ちゃん、こっち」
 菊丸先輩が手招きしている、路地裏に入るとリョーマがいた。あたしはリョーマに抱きついた。しっかりと受け止めてくれたリョーマと抱き合っていると、菊丸先輩が「早く!」と急かす。
 あたしたちは手を取り合って、駅へと向かった。終電に乗って、町を出てどこか遠くへ。
「ねえ、リョーマ。パパからもらった手切れ金。返しちゃったけど、いくらぐらい入ってたの?」
「さあ? 厚さから考えて、百万くらいじゃない」
「……ちょっとくらい、惜しいと思わなかった?」
「朋香の値段としたら安すぎでしょ。……朋香のほうがいい」
 リョーマがあまりにも当然のことみたいに言ったから、あたしは泣きそうになった。
「それより、朋香こそ。後悔しない?」
 いままでみたいな生活はできないよ、とリョーマが言う。リョーマがいなかったら、どんな贅沢な生活もあたしには意味がないのに。
 だからあたしは、関係ないことを言った。
「うちのことは、弟がふたりもいるから何とでもなるし。それに、国光さんが何とかしてくれるわ」
「……妬けるね」
「馬鹿ね」
 あんなにあたしたちのために走り回ってくれた国光さんに対して、妬くなんて。あたしは笑って、繋いだ手にちからを込めた。

「しあわせに、なろうね」

 きっと、それがあたしたちにできる唯一のことだから。

 

 

「てーづか。よかったの、ほんとに?」
「……朋香がしあわせなら、俺はそれでいいんだ」
「無理しちゃって。寂しいんでしょ? 恋愛じゃなかったかもだけど、朋香ちゃんのこと、妹みたいには思ってたでしょ。でなきゃ手塚が、おうちに逆らうようなこと、するわけないもんね?」
「…………」
「でも。手塚の傍には、俺がいるから。それだけ覚えてて?」
「……菊丸……」
「いつだって俺が、手塚の傍にいる。ぜったい離れないから」
「おまえが、いるんだったら。寂しくない、な」
「でしょ?」
「俺たちも、」
「うん。越前たちに負けないくらい、しあわせになんなきゃね」

 

 

おわり

 



駆け落ち編(?)です。
あまりにリクと遠かったので、おまけで。
…要らなかった気も…(苦)?
'06.03.06up


 

 

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