ふたりの関係単なる知り合い以上には親しくなれたと思っていた。好意を持ってもらえていると信じていた。 ――――――なのに。 立ち聞きするつもりはなかった。資料室に向かう途中、通りがかった上忍待機所から聞こえてきた声に、つい立ち止まってしまったのだ。 声から察するに、どうやら室内で話しているのはカカシとアスマらしい。自分の名らしいものが耳に入ってきて、思わず気配を消す。 「お前、最近アカデミーの中忍とつるんでるんだって?」 「イルカ先生のこと? ……まあね」 「珍しいじゃねえか。あんなクソ真面目な奴、お前と全然違うタイプだろう。話し合いそうにねえと思ったんだがな」 「あー……そうね。でもあんまり懐いてくるからさぁ」 「何だ。ずいぶん可愛がってんだな?」 「ってゆーか、ね……。んー、実のとこ言えば、ちょっと困ってるかな」 そういったカカシの声は、本当に困っているふうで。 イルカは気配を消したままドアから離れ、目的地へと向けて再び足を急がせた。動揺していたから、巧く気配を消しきれていたかは自信がなかったが。どちらにせよ相手は上忍、誰かがドアの向こうにいたことくらいは気づいていただろう。 困らせていた。迷惑に思われていた。カカシの言葉に、イルカの目の前は真っ暗になっていた。 話しかけるたびいつも優しく自分に応えてくれるあのひとが、本当は自分のことを困っていただなんて。 ずっと憧れていた。その気持ちはいつの間にか、憧れを超えてしまっていた。迷惑がられているとも知らず、いつかその想いが通じるかもしれないなんて愚かな夢を見ていたのだ。 もう、止めよう。イルカは零れそうになる涙を堪えながらそう思った。 もう、カカシに近づくのは止めよう。最初から自分と彼とではつりあうはずもなかった。馬鹿な夢を見るのはもう止めよう。 好きなひとに嫌われるのは辛い。
最近、イルカが話しかけてこない。というか、多分ハッキリ避けられている。 ついこの間まで、カカシの姿を見かければ犬ころのように嬉しそうに懐いてきていたのに。 「俺、ナンカしちゃったかねー」 「ああ?」 目の前でタバコを吹かしていたアスマが、カカシの独り言を聞きとがめて目を向けてくる。最近よく一緒になるな、と思いながら無視しようかしばし考えたあとで「イルカ先生がね」と返した。 「……俺のこと避けてるみたいでさ」 「んだよ。前は懐かれてるっつってたろうが」 「なあに、何の話?」 唐突にふたりの会話に割り込んできたのは、くのいちの上忍・紅だ。アスマの影からひょこりと顔を出し、好奇に満ちた目で窺ってくる。 「可愛がってる中忍に避けられてヘコんでんだと」 余計なことを教えるアスマをカカシが睨む。と、紅は「あらあ、でも……」とビックリした表情でカカシを見た。 「アンタ、イルカのこと迷惑してるんじゃなかったの?」 「は……? ナニソレ」 思っても見なかった言葉に、らしくもなく呆然としてしまう。迷惑って何だ。誰がそんなことを言ったのだ。 カカシの態度を見た紅は、ニッと人の悪そうな笑みを赤い唇に乗せた。アスマの肩に顎を乗せ、しなやかな白い腕を伸ばしてカカシの鼻先を布越しに爪の先で突く。 「カカシが、イルカを、迷惑って言ってたってさ」 「だから何よソレ。誰がそんなこと」 「イルカがそう言ってたわよ? こないだ、元気がないから問い詰めたのよ。なかなかクチ割らなかったけど、飲ませたらあっとゆー間だったわ」 ここで、アンタとアスマが話してるのを聞いちゃったんですって。 ――――おそらく、口布越しにもカカシの間抜け面が判ったのだろう。紅はひどく楽しそうで、先のビックリした顔は演技だったのだろうと知れる。 「誤解。解いたほうがよくない?」 意地の悪い笑みを浮かべた紅の言葉が終わる前に、カカシはその場から姿を消していた。 避けられているのなら、逃げられないような場所で捕まえるしかない。 上忍待機所を出たカカシは、まっすぐ報告受付所へ向かった。イルカが今時分受付にいることは知っている。衆人の前で上忍を無視することは出来まい。 室内に足を踏み入れると、すぐにカカシに気づいたイルカが苦しげに顔を歪め、唇を噛んで目を伏せた。 イルカが聞いていたと言う、アスマとの会話。それがどんなものだったのか、カカシに覚えはない。けれど、イルカにそんな顔をさせていたくなかった。 カカシは迷わずイルカのほうへ足を進めた。イルカの前にできていた列が、キレイに左右に流されていく。 誰もいなくなったイルカの前に行き、机に手をつく。身を屈め、俯き固まっているイルカの耳元へ囁く。 「イルカ先生。お話が」 「あの……ぎょ、業務中ですので……」 「お時間は取らせませんよ。――――ねエ? このひとちょっと借りていいよね?」 ちらりとイルカの隣を見て言うと、ここの責任者らしい男は慌てた様子でコクコクと頷き、「ここは大丈夫だから、今日はもう上がっていいですよ」とイルカに言った。 上役に言われては仕方ないと腹を括ったか、イルカは俯いたまま席を立った。 せっかくだから何か食べながら、と居酒屋へ連れて行き、まだ空いている店内の角の席を選ぶ。躊躇っているイルカを先に座らせ、自らも向かいの椅子に腰掛けた。 居心地悪そうに縮こまっているのを無視して、とりあえずビールとつまみを適当に頼む。 「……さて、イルカ先生。俺に言いたいことないですか」 カカシが話を振ると、びく、と肩が大袈裟に揺れた。 脅かしたいわけではないが、かといって逃がしてやるわけにもいかない。カカシは出来る限り柔らかい口調で重ねた。 「例えば、俺を避けてる理由とか?」 「だっだってそれは……! カ、カカシ先生は俺のこと迷惑で……!」 「それ。どこで聞いたんです? 俺アナタを迷惑だなんて、言った覚えないんですけどね」 「え……っ」 そこでちょうど届いたビールをイルカのコップに注いでやると、慌ててカカシにも返してくる。カカシは乾杯をせず、ひとくち飲んで喉を湿らせた。イルカにも勧め、口を付けたところで先の質問の答えを促す。 イルカが戸惑いがちに語った状況には、確かに覚えがあった。だが、カカシは首を傾げた。 「俺そのとき、迷惑なんて言ってないですよ?」 「え、だって困ってるって」 あー、とカカシは天井を仰いだ。言った。確かに言った。「困ってるかな」と。しかし、アレをそういう意味に取られていたとは。 「イルカ先生、最後まで聞かなかったんですね……」 紅には判ったのだ。おそらくイルカから話を聞いたとき、すぐに。これは後々まで恩を売られそうだとカカシは苦笑した。 イルカは眉尻を下げた頼りなげな表情で、カカシを上目遣いに窺ってくる。それを見て、苦笑は深い微笑に変わった。 「困るって言ったのはね。……アナタが可愛いから、理性きかなくなりそうなのが困るって意味なんですよ」 聞いた瞬間、イルカは意味が判らなかったようでポカンと口を開けてカカシを見つめていたが、その意味を理解した途端火を吹かんばかりに赤くなった。 「カ……カカシ先……っ」 「気持ち悪いって思われるかなぁって。そう思ったから言えなかったんですけどね。アナタに嫌われたら哀しいからねえ」 でもイルカの反応から、それはないと思えたから。誤解してあんな哀しそうな表情をするくらい、カカシのことを特別に想ってくれていると判ったから。 イルカは真っ赤になった顔を俯かせて、嫌いになんかなりません、と呟いた。 「俺なんか、可愛くなんてないけど。カカシ先生にそう思われるの……ヤじゃない、です」 消え入りそうな声で、しかしそう言い切る。自分の科白を顔も上げられないくらい恥ずかしいと思っているのが、手に取るように判る。 可愛い。場所なんて関係なく、手を伸ばして頬に触れて俯くその顔を上げさせて、キスしたい。 困ったなあ、カカシは笑った。 「ねえ、じゃあ。困らなくていい関係に進みませんか」 抱え込んでいるイルカの手のぬくもりで温まってしまっているであろうコップの縁に、自らのそれを軽く当てる。 「俺たち、恋人になっちゃいましょうよ」 ね、と微笑んだカカシに、ようやく顔を上げたイルカは少女のようにぽうっと頬を染め、 「…………ハイ」 小さな声で頷いてみせたのだった。
END
空様からリクエストいただきました。 シリアス交じりですれ違うカカイル。 アスマと紅の手助けでハッピーエンド…みたいな感じでした。 アスマ、手助けしてないですね! むしろすれ違う原因の一端(死) つーかこれシリアスですか!?(爆死) わ・私らしい話だとは思うのですが…(ビクビク) とにかく、リクありがとうございました空様! 素晴らしく外した気がしないではないですが、 どうぞお納めくださいませm(__)m '06.04.30up
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