ずっと、いっしょに。



 合宿最後の夜。
 キツイ練習に耐えてきたご褒美にと、顧問の竜崎が資金を出してくれ、部員全員で打ち上げをすることになった。
 一年生たちが買い出しに行き、マネージャー役として参加していた竜崎の孫の桜乃とその友人の朋香が簡単なつまみを作る。当然顧問の目があるから、アルコールはなし。もっとも、顧問がいなくても真面目な部長が許さなかっただろうが。
 食堂のテーブルを並べ替えて料理や飲み物をセットし、これまた一年生が「合宿お疲れ様でした」などと書かれた垂れ幕や色紙で作った飾りを用意していたりして、ちょっとしたパーティ会場である。
 真面目な部長の真面目な口上のあと乾杯をして、その後は各自自由に飲み食いすることになった。竜崎も、自分がいては楽しめないだろうと、すぐに席を外してしまった。
 その真面目な部長は、監視がなくなりすっかりリラックスした周りの空気から浮き上がるほど変わらずきっちりとした姿勢で、副部長と語らっている。
 内容はもちろん、全国に備えての強化メニューについて、だったりして。
 部員たちはそれに付き合っている副部長込みで、彼に改めて『クソ真面目』のレッテルを貼り付けたのだった。

「……英二は混ざってこないの? 相方として」
「冗ー談! せっかくの食いモンが不味くなるっちゅーの」
「不二こそ、ナンバー2として入っていったらどうだ?」
「それ言ったら、乾だって入りたいんじゃないの? 練習メニューのことならさ」

 他の三年生の面々は口々に言い合うが、誰一人としてある意味『ふたりの世界』に入っちゃってる生真面目カップル―――ふたりの関係など、当人たちは秘めているつもりでも判る人には判っちゃってるのだ―――のところへ行こうとする者はいない。
 そんな中でただひとり、いつものようにファンタを手にふたりのほうへ足を向けたのは、一年生ルーキー。一年トリオや少女ふたりにうるさく付きまとわれて、いい加減うんざりしていたのだ。つまらない話であろうと、彼らの傍へ行けばうるさい奴らからは解放される。
 それに、
「部長。明日こそ俺と試合してくださいよ」
 合宿の間中はぐらかされ続けた試合をと望むリョーマの言葉に、大石が困った顔をする。当の部長・手塚は変わらず無表情でリョーマを見下ろしている。
「まだ時期じゃないとか、そんなんじゃ納得できないっス。最後に1ゲームだけくらい付き合ってくれたっていいでしょ」
 無言の拒絶にもめげず食い下がるリョーマに、レギュラーメンバーが無責任に「頑張れー」などと声援を送る。
 やがて溜め息をつき、手塚がとうとう頷いた。「やった!」と彼らしくもなく喜色を露わにするリョーマに拍手が送られ、ハラハラと見守っていた大石もホッとした表情をする。
 そこへ、
「手塚、あんまり飲んでないじゃない。ほらほら、お茶のお代わりは? 注いであげるよ」
 背後に突然現われた不二が、紙コップに半分ほど残っている中身をさらに注ぎ足す。眉間を寄せた手塚だったが、勧められるまましぶしぶと一口、二口とそれを飲んだ。
 途端、その動きが止まった。
「……、手塚?」
 リョーマと話していた大石が異常を察して声をかけ、そっとその肩に手を触れ覗き込む、と。
 真っ赤な顔で目を潤ませている手塚に、ギョッとして息を飲んだ。
「不二!! 何を飲ませたんだッ」
 思わず大声を上げると、いつも温厚な副部長の珍しい怒声に何事かとざわつく周りも気にせず、にっこりと笑った不二が手塚の手から紙コップを取り上げつつ悪びれずに答える。
「お酒だけど? ……あー、やっぱ免疫ないとまわるのも早いねー」
「そっ、そんなもんいつの間に……ッ! 手塚、手塚っ、大丈夫か!?」
 ふらりとよろめいた手塚を慌てて支え、ぼうっとした表情の彼に呼びかける。と、それに反応してか、緩慢な動きで首をめぐらした手塚が大石を見止め、
 ――――――ふにゃり、と微笑った。
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
 とっさに彼を胸に抱きすくめ、周囲を素早く見渡す。幸い、誰も目撃者はいないようだった。そのことに安堵する。
 自分以外には決して見せたくない、無防備すぎる表情だった。
「どーかしたんっすかー? 大石先輩」
「いやっ!! 手塚の奴、気分悪くなったみたいだ。先に部屋に戻って休ませてくるよっ!! みんなは気にせず続けててくれっ」
 覗き込んでこようとする桃城を制し、抱え込んだままの手塚を半ば引きずるようにして場を後にする。
 ドアが閉まるまで黙って見送っていた不二が、パンとひとつ手を打った。
「さ。バカップルも退場したことだし。心置きなく楽しもーか♪」
 にこやかに言う不二に、部員たちは彼が謀ったと気づいたが、皆引きつった笑みでもってそれを黙殺した。触らぬ不二に祟りなし。
 ただひとりだけ、リョーマだけが不満げだったが、すぐに菊丸や桃城に絡まれて騒ぎの中へと引っ張り込まれていった。

 

 

 一方、部屋に戻ったバカップルふたりは、敷き詰められた布団の上で重なり合っていた。
 と言って、別にHなことをしていたのではない。よろめいた手塚を大石が支えきれず、ふたりして倒れこんでしまったのである。そしてそのまま大石は手塚にしがみつかれて身を起こすことが出来なくなり、途方に暮れているのだった。
「手塚……、ほら、ちゃんと寝るなら寝ないと」
 困り果てて、肩を抱いた手で軽く揺さぶってやると、大石の胸の上で、手塚がゆっくりと顔を上げた。眼鏡越しに座った目で恨めしそうに睨まれ、思わず怯む。
 だが手塚はすぐに顔を伏せ、拗ねたようにぽつりと零した。
「合宿中……ずっと菊丸とばかり一緒だっただろう」
「え、そりゃ……ダブルスの強化メニューで」
「………俺も大石とダブルスをやりたい」
 ぐり、と甘えるように頭を擦りつけて来る手塚は、すっかり酔いが回っているらしく、まるで駄々っ子のようだ。そんな彼の姿に、幼かった頃を思い出し、大石は微笑んだ。
 酔っている手塚は、常の自制がきかずとても素直に己を曝してくれている。きっと明日には今言ったことを何ひとつ覚えてはいないだろう。
 それでも、プライベートだけでなくテニスでも大石をパートナーにと望んでくれたことが、嬉しかった。実際には、手塚はすぐに自分の手の届かないところまで上っていってしまうのだろうけれど。
「じゃあ、今度、桃たちが言ってたストリートテニスにふたりで行ってみようか?」
 くせのある髪を梳いてやりながら、多分この約束も忘れちゃうんだろうな…と思いつつ囁く。
 嬉しそうに頷く手塚の上気した頬を手のひらで包み、上向かせた額にくちづける。

「好きだよ、手塚」
「俺、も……好き、おーいし………」

 安心したのか、そのまま眠りに入っていく手塚を、少々苦労して身を返して布団に寝かせる。そして、その隣の布団に自らも潜り込んだ。
 着替えをしたほうがいいのだろうけれど、このあたたかな気持ちを抱えたまま眠りたい。
 すっかり寝入ってしまった手塚の眼鏡を外してやり、今度はその頬に軽くキスを落とすと、大石もまた目を閉じた。
「おやすみ」

 

 翌日。
 案の定大石との会話を覚えていなかった手塚が、ついでにリョーマとの試合の約束まで忘れてしまっていて、そのことでまた一悶着起こってしまうのだが。

 しあわせな眠りに就く今のふたりには、どうでもいいことだろう……。

 

 

END.

 

 



雷子様からリクエストいただきました。
大塚の甘々で、合宿話とのことだったんですが…。
なぜかいきなり、最後の夜とか言ってるし(汗)
これって、リクに答えてることになるんでしょうか…??
う〜ん、すみません。でも『甘々』はクリアしてますよね!
そんな感じで(?)、
雷子様、リクありがとうございました!
どうぞお納めくださいませm(__)m
'05.02.21up


 

 

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