宿



「……なんで私がこんなこと……」

 とある宿の前で、往生際悪くもそうぼやく。
 元はといえば、学園長だ。昔の友人から、その内容もろくに確かめず仕事の依頼を安請け合いして、あげくに1年は組の実習の打ち合わせをしていた山田伝蔵と土井半助にそれを押し付けてきたのだ。
 それも。
「ふたり一組での尾行って……なんで女装とかする必要があるんだよ!」
 答え:対象が男女で、ここが所謂連れ込み宿だからである。うう、と半助はうめいた。
 男女は夫婦で、とある城に雇われの身だ。しかし彼らに、間者の容疑がかけられた。要するに依頼内容は、その真偽を確かめるというものだった。
 そして今回に限って、普段はあんなに女装を好んでいた伝蔵が、その役を半助に押し付けてきたのだ。曰く、
『私のような美しい女子がいては目立ってしまって仕事にならんじゃないですか。土井先生、あんたがやんなさい』
 ――――確かに、山田先生じゃ(美しいかどうかはともかくとして)目立ってしょうがないだろうけど……。
 文句を言おうにも、当の本人は学園長に呼ばれていて後からの合流となっている。しばらくウロウロとしていた半助――――もとい半子だったが、このままではいい加減不審がられると、ようやく腹を括った。
 ――――後で学園長に特別手当を請求してやるっ。
 固く決意の拳を握り締めて、宿へと足を踏み入れる。
 その要求が通るかどうかは、甚だ疑問だったが。

 

 

 宿は、先に代金を払えば空いた部屋を好きに使えるという、実にいい加減且つ好都合な仕組みになっていた。
 半子は後から連れが来る旨を告げ、学園長の姓である『大川』を名乗ると、先にここへ入っていった目標の部屋を探り始めた。
 さほど経たず、それは見つかった。小さな宿屋だ。それも、ほとんど廃れたような。当然のごとく、隣接した部屋も空いている。そこへ、入っていく。戸の前へ、簪についていた小花のひとつを目印に落として。
 隣接する側の壁に耳を寄せると、安宿の薄い壁からはぼそぼそと聞き取りづらい声がふたつ聞こえてきた。
 しばらくそれに聞き耳を立てていた半子は、やがて脱力してがくりと肩を落とした。
 彼らがこそこそと怪しまれるような行動をしていた理由。
 何のことはない、ふたりは夫婦でも間者でもなく、駆け落ちをしてきた妻子持ちの男とその情人だったのだ。
 城では大っぴらに愛し合えないために、時々こういった宿へ忍んで来ているということらしい。聞こえてくるのはただの睦言。こちらに気づいている気配もない。
 思わず溜め息をついて、では伝蔵が現われたらすぐにでもこんなところから出よう、と考えているところへ、襖が音もなくスッと開いた。
「もう、遅かったじゃないですか山――――」
 山田先生、と最後まで言えなかった。
 ずいぶんと遅れて現われたパートナーを責めようとそちらへ顔を向けた半子は、中途で言葉を切り固まった。
 あまりこういう姿を見られたくなかった相手。
 半年ほど前恋仲になったばかりの、年下の青年。
 山田利吉が、そこに立っていたのである。
「遅れてすみません、土井先生」
「…………なんで」
 にっこりと笑いながら室内へ入ってきた彼に、呆然としたまま問う。すると彼は、いやあと笑いながら頭を掻いて、
「たまたま忍術学園に立ち寄ったら、父に代役を頼まれてしまって。ハハ、でもこんな仕事ならラッキーでしたねえ」
 こんなところで土井先生と逢引なんて、と。
 半子はカーッと顔を赤くした。
「せっ、せっかく来てくれたとこ悪いけど。ふたりは白だ。私たちの役目はもうおしまいだよ」
「そうなんですか〜?」
 残念、と利吉が呟いた時、隣の部屋の緊張に気づいた。間者ではなくても、追われる身には変わりない。気が緩んでつい声も潜めず話をしてしまった。話の内容までは聞こえていないだろうが、隣室のふたりがこちらを警戒している気配が伝わってくる。
 ヤバイと口を噤んだ半子に対し、利吉は表情も変えず、何ごともなかったように半子の正面に膝を着いた。そして、いきなり抱きしめてきた。
「……利……っ」
「半子さん……! やっと会えましたね!」
 驚いて呼びかける声を遮るように、情熱的に語り掛けられ、半子は瞬時に利吉の意図を悟った。
 彼らと同じように忍んで会う恋人同士を演じようというのだ。
 仕方ないだろう、とひとつ密かに息を吐き、彼の身体をぎゅっと抱きしめ返した。
 利吉さん、半子さん、と互いの名を呼び合って。
 見られているわけではないのだ。声だけで”フリ”をすればいいものだと、半子は思っていた。しかし利吉は、あろうことかそのまま、敷かれていた薄い布団の上に半子を押し倒してきたのである。
 抗議しようとした唇が塞がれる。
「ッ……ちょっと! 利吉くんっ!」
 くちづけの合間に小声で咎めれば、利吉はそれさえも飲み込もうとするかのようにさらに深く唇を重ねてくる。
 こんないかにもな場所で、目的は果たしたとはいえ仕事中に冗談ではないと、その胸を押し退け逃げ出すべく身を返す。
 が、半子の足が布団を蹴る前に、利吉の手がその背を押さえ込みうつ伏せに倒してしまった。慌てて手をついて身を起こそうとするより早く、淡い色の着物の裾を利吉が無造作にぺろりとめくり上げた。
 その下には、女装の為か着けているべき褌はなく、白い臀部が露わになってしまう。
「ああ、半子さんの可愛いお尻……久しぶりv」
「ばっばかっ、やめ……っ」
「ヤ。ですよ」
 ぐいっと腰を引き上げて四つん這いにさせ、利吉は性急にその双丘を割り開いた。
「だいたいですね、貴方は私のことを散々焦らして。ひどいじゃないですか。私たちまだ一回しかしたことないんですよ」
「ヒッ!」
 潜めた声とともにまだ固く閉じられた小さな蕾に指を突き入れられ、半子は思わず引きつった悲鳴を上げた。
「やめて、利吉くん、痛い、やめて」
 涙目で肩越しに哀願するようなまなざしを向けられた利吉は、少しだけ困った表情でスミマセンと謝った。
「すみません。止まりません」

 

 

 いつの間にか、隣室のふたりはいなくなっていた。
 最初はホントにちょっとふざけただけだったのだ、と言い訳がましく言い募る青年を、半子はじとりと睨めつけた。
 乱れた着物もそのままに布団の上に横たわる彼女、いや彼の艶めかしさに再び情欲を呼び起こされそうになりながら、それを何とか抑え込みつつ利吉は謝罪の言葉を繰り返す。

「ごめんなさい。でも貴方としたかったのは本当だから」

 

 半助に戻った彼の機嫌が直るのは、学園に戻ってから。
 特別手当は貰えなかったが代わりに臨時の休暇をもらい、ふたりきりで過ごせることがきまってからのことだった。
 何のことはない、怒ってはみせたけれど結局は半助も利吉とのことを求めていたのであった。

 

 

おわり

 



みやび様からリクエストいただきました。
裏に置いてあるジャンケンゲームのおまけイラストを元にした、半子さんの話。
裏仕様になるはずが、あんまりエロくなりませんで…
ごめんなさい。
内容も薄いし、そもそも利土井?になってますかコレ??
とりあえず、リクありがとうございました。
どうぞお納めくださいませm(__)m
'05.01.04up


 

 

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