白い日の秘密
「……食うか?」 ころり、と手のひらに転がされたモノ。 たった1コ、たまたま、の小さなチョコ。 用意したのは彼じゃないし、深い意味なんかないのはよーっく!判ってんだケド。 ”その日”にもらえたことが、俺にとっては何より重要なコト。 元々は、スミレちゃんから部員みんなへの、バレンタインチョコ。人数も結構大したものだった所為か、お得用パックのアルファベットチョコが二、三袋。テキトーに分けろ、と手塚に渡された。一人当たり、5コもなかった。当然そんなもの、俺はとっとと食っちゃって。 あ、もちろん、感謝の気持ちで頂きましたとも! 普通、くれないもんね、先生なんか。 まぁそれはそれとして。 部活の後、空腹のあまり喚いた俺に、手塚がそれをくれた。全部じゃないのは、多分、手塚なりにスミレちゃんに気を遣ってるんだと思う。律儀な奴。 同じように騒いでた桃にもあげてたけど。 足りないっスよー!にゃんて不満気な桃の頭をはたいてやって(てゆーかお前、クラスの女子にもらったって言ってたチョコも、全部食べちゃったのかよ! どーなってんの、お前の腹!)。 あんがとね、とフツーにお礼を言って包みを開けて、口の中に四角いチョコを放り込んだ。 ホントはあんまり嬉しくって、そのチョコをウチに持って帰ってからゆっくり食べたかったんだケド。 腹減った、って言っといてその場で食べないのは不自然だから、せめて、と口の中で大事に味わった。 桃のこと言えない。 女のコから、多分桃よりもたくさんのチョコをもらってたから(もちろん、桃と違って、俺はまだ一個も開けてないよ!)。 よくよく考えれば、手塚がくれるまでもなく、お腹を満たすものはいくらでもあったワケなんだけどね。 自分だってそれこそ腐るほどもらってたんだから、そのくらいピンと来てもいいハズ、だけど。 そういう、ちょっとヌケてるとことかもカワイイにゃあ、なーんてね。思っちゃったりしながら。 スミレちゃんがくれたものを、間接的に手塚からもらったカタチ。しかも、俺にだけじゃない。 それでも、片想いレキ、もうすぐ1年。自覚する前からなら、さらにプラス1年。 今までもらった、どんな高価なチョコより、そのチョコは美味しかった。
あれから1ヶ月。 そう、今日はホワイトデー。 姉ちゃんたちが手伝ってくれて、一生懸命作ったクッキーを、先月チョコくれたコの中で名前が判ってるコにだけだけど、渡す。俺も結構、律儀っしょ? 数が数だから、チープなのは許してよね。これでも材料費は全部俺持ちだし、姉ちゃんたちに今度、お礼にランチ奢ることになっちゃったんだから。 あらかた配り終わって、教室戻ると、窓側一番前の席。手塚が次の授業の準備中。 手塚にチョコ渡すコは、名前とかをカードに絶対入れない。面と向かって渡せば受け取ってもらえないから黙ってロッカーや下駄箱、机の中とかに入れてくんだけど、名前入ってると返しに行っちゃうんだよね、手塚って。 だから当然、手塚はお返しなんかしない。てゆーか、できない。 それで女のコたちは満足なのかにゃ? ちょっとね。決心したんデスよ、手塚サン。俺ね、手塚をもう、見ないことにしたんだ。しばらく、だけど。 次の夏が。 中学生活最後の夏が、終るまでは。 去年の夏、悔しかったから。手塚もだろ? だからさ。 ガラにもなく、セーシュン!してやろうと思って。だってこのまんまじゃヤダもん、俺。 全国行って。全国でも勝って。勝ち続けて。 手塚の足手まといにはもう、ならないって決めたんだから。 最近手塚、部活あんまり出ないでしょ。部長として忙しい所為かなーって、思ってたけど。何しろ生徒会長にもなっちゃったしね。でも。 腕。痛いんじゃにゃい? 見てないフリしてずっと見てたから、判るよ。大石と二人で、みんなにはナイショにしてるっしょ。 多分ね、不二や乾は気付いてるよ。一年生は気付いてにゃいと思う。そこまで、アイツらは手塚のこと知らにゃいからね。 ナイショにゃんだから、言わないけどさ。まだまだ俺って、手塚に遠いとこにいるんだなーって……。 この1年、同じクラスだからってボケっとしてるんじゃなかったよ。 あーあ。 二年生ももうすぐ終わりだよ。春には三年生。 今度はクラス別れるかな、一緒だとつい見ちゃうから別のが良いけど、修学旅行一緒がいいし、引退のあと寂しいし。 にゃんか、……決心するソバから、俺ってダメダメだぁ。 ポケットに手を突っ込んで、指に触れたモノを掴む。カサッ、と小さな音がする。 チャイムが鳴って、俺は結局、手塚に声をかけないまま自分の席に戻った。 部活の後。 いつものよーに誘ってくる桃に、先に行っていつものとこで待ってろ、って言って。 いつも手塚を待って一緒に帰る大石におネガイして、鍵を預かって先に帰ってもらって。部誌を書いてる手塚を置いてみんなが帰るのを、待った。 さすがに、いくら俺でもみんなの前ではちょっと、ね。 カリカリ、カリカリ。シャーペンの音が響く中。 「……てーづか」 ポケットに入れてたモノをそっと取り出しながら、声をかける。 手を止めて、顔を上げてくれた手塚に、ニッコリと笑いかけながら。 「あーん♥」 は?と言うようにポカンと開けられた口に、包みを解いたそれを、放り込む。うーん、我ながらナイスコントロール。 カコ、と歯に当たったらしい音。 口を押さえて、手塚がビックリしたような、困ったような、戸惑ったようなカオで俺を見上げてくる。 可愛い! 思わず口を突いて出そうになったコトバを慌てて押さえて、俺は大石に渡されてた鍵を、手塚の目の前に置いた。そして。 「ゴメン、やっぱ俺もー帰る。鍵、よろしくね!」 早口でそう言い置いて、………逃げ出した。 部室から出ると、俺はもう一つの包みを開けて、自分の口に入れた。 手塚の口の中に広がってるのと、同じ味。にゃんか、意味深で、ヤラシイね。 あのね。 今日、ホワイトデーだからね。お返し。 ……キャンディは、手塚だけにあげたんだよ。 手塚は気付いてないだろう。 ささやかなささやかな、俺の告白。 でも今は、そのほうがイイ。 いつかちゃんと、言うから。 手塚が好きだ、って。ちゃんと………。
一応、ホワイトデーということで(遅っ) |